山梨県立博物館 かいじあむ
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展示案内

かいじあむ おすすめの展示資料
 山梨県立博物館では、およそ2ヶ月に1度の頻度で常設展示室の展示替えを実施しています。資料によっては、保存管理上1ヶ月程度で展示替えするものもあります。現在展示中の資料のうち、 おすすめのものをこちらでご紹介しております。ぜひ、山梨の歴史を語る貴重な資料と会いにかいじあむへお越しください。
 

■ おすすめ展示資料の開催予定

山梨の春は、桃と桜と信玄公(令和3年2月17日〜4月19日)
災いと人々 祈る・助けあう・乗りこえる(令和3年4月21日〜6月14日)
資料でめぐる山梨の旅(令和3年6月16日〜8月16日)
やまなしの人々と山(令和3年8月18日〜10月18日)
素晴らしき甲州文庫の世界―県移管70周年記念―(令和3年10月20日〜12月13日)
招福!かいじあむのお正月(令和3年12月15日〜令和4年2月14日)

※テーマ、期間は変更する場合がございます。


 
■ 開催中のおすすめ資料【やまなしの人々と山】
テーマ展示「やまなしの人々と山」案内表示

初秋のテーマ展示では、「やまなしの人々と山」と題して、生活や文化、産業など、山をめぐる人々の歴史に関する資料を中心にご紹介いたします。
今年は、恩賜林(山梨県有林)の成立から110周年を迎えることもありますので(山梨県庁ホームページ「恩賜林について」)、山梨という地域にとって、県土の78パーセントを占める山の重要性がどのようなものなのか、改めてお考えいただく機会にしていただきたいと思います。
なお、「山に生きる」と「転換期に向き合う」のコーナーでは、今年度の学芸員課程の博物館実習生が担当した展示もありますので、「学芸員の卵」の力作の展示もあわせてご覧ください。

 

富士山の立体模型になります

富士山真形之絵図

富士山と山麓を描いた図。各地の浅間神社から頂上へ向かう参詣路や、富士八海・御胎内といった参詣の名所などが描かれています。三角形の余白部分を内側に折りこむと、富士山の立体図となります。

水に取り組む」に展示中

富士山真形之絵図

信玄から信長にも送られた山梨の漆

武田家朱印状

武田氏が寺尾(笛吹市)の彦八らに対し、西保(山梨市)・牛奥(甲州市)ほか7か村から漆を集め、5日間以内に納めることを命じたもの。甲斐国は漆の産地としても知られており、『甲陽軍鑑』によると、武田信玄から織田信長への贈答品の中にも「漆千桶」が含まれていました。

戦国からのメッセージ」に展示中
武田家朱印状

富士山のお鉢付近の描写

歌川貞秀筆 大日本富士山絶頂之図

富士山山頂の図。右側に山梨・吉田からの登り口、左側に静岡・大宮からの上り口を描いています。山頂の要所を色紙型に記し、お鉢巡りをする人々が描かれています。

信仰の足跡」に展示中
※展示期間 8月18日(水曜)〜9月20日(月曜)
歌川貞秀筆 大日本富士山絶頂之図

上り下りの登山者が物価の上下に

二代目歌川国輝筆 富士山諸人参詣之図

富士講の一行が富士登山している様子が描かれています。一行の笠や着物には、米、青物、油、竹などの品物の名前が記されています。

信仰の足跡」に展示予定
※展示期間 9月22日(水曜)〜10月18日(月曜)
二代目歌川国輝筆 富士山諸人参詣之図

音助さんが代参でもらい受けて来たお札

富士山神札

富士山に代参した音助によってもたらされたお札。甲府の町人たちが代参講を組織していたことや、彼らの参詣地がわかります。

道がつなぐ出会い」に展示中

富士山神札

めずらしい子ども用の行着も

富士講行着

富士登山の際に着用した行着(ぎょうぎ)。行着は、宝冠、上衣、帯、腹掛、股引からなり、これに御身抜入れに入れた御身抜を背負って登山をしました。

道がつなぐ出会い」に展示中

富士講行着

背中に県章の袢纏

恩賜林に関する袢纏

恩賜林での県による直営の林業に携わる人々や、林野の管理に携わる人々が着用した袢纏。

道がつなぐ出会い」に展示中

恩賜林に関する袢纏

やや尖った富士山の扇子

富岳図扇面(三枝雲岱筆)

明治期を代表する画家である、三枝雲岱の手による扇面画。たなびく雲の奥に、富士が鎮座する姿が描き出されています。雲岱は、巨摩郡浅尾新田村(現在の北杜市明野町)の生まれで、同じく山梨出身の画家である竹邨三陽や、京都の日根対山らに師事しました。花鳥画、山水画にすぐれた画家だったとされています。

江戸文化の往来」に展示中
富岳図扇面(三枝雲岱筆)

裾野の広がりを描いた富士山の扇子

富岳図扇面(中澤年章筆)

中澤年章による富士が描かれた扇面画。墨の濃淡を活かし、雄大な富士の姿が表されています。年章は山梨出身で、東京に出た後、浮世絵師である月岡芳年に師事しました。明治31年(1898)に山梨に帰郷してからは、亡くなるまで県内で肉筆画を中心に作品を多く残しています。

江戸文化の往来」に展示中
富岳図扇面(中澤年章筆)
◆実習生による展示コーナー
江戸時代の富士登山を描く
『滑稽富士詣三』

作者は仮名垣魯文、絵は歌川芳虎。全10篇20冊からなるうちの第三巻を展示しています。御縁年の富士参詣の旅道中の話を面白おかしく書いた版本。御縁年に富士参詣客が増えることを見越して刊行されました。女性登山客二人が男性登山客三人に囲まれながら登山している様子が描かれています。60年に一度の庚申年は、例外として女性の入山が三合目まで許されていました。ただし、それまでの女人の入山は厳しく禁止されていました。

転換期に向き合う」に展示中
『滑稽富士詣三』


実習生の展示風景

山梨の交通過渡期のガイドブック

富士裾野めぐり

富士五湖など富士山麓をめぐるコースマップ。名所をめぐるための交通案内に重点が置かれており、富士身延鉄道(身延線)の身延・甲府間は未成で富士川水運の利用も想定されるなど、当時の交通状況を見るうえでも興味深い資料です。

変貌する景観」に展示中
富士裾野めぐり
◆実習生による展示コーナー
山の境界をめぐる争い
下来沢山境界関係資料

明治時代に下来沢山(現在の北杜市武川町)の北部を、新奥村・宮脇村・牧原村の3か村で分けた様子を表す資料。当時、地租改正が進められるなかで、全国的に土地の所有者を明確にしようとする動きがありました。これまで山が深かったために境界が曖昧になった下来沢山北部では、境界に関して争論が起き、その所有範囲を3か村で明確に取り決められました。
県令藤村紫朗に宛てていますが、県から3か村の取り決めを承認したという資料は綴じられていません。

山に生きる」に展示中
下来沢山境界関係資料


実習生の展示風景

鷹の餌となる野鳥を捕獲する道具
黐手入れにつき乍恐書付ヲ以奉願上候

一蓮寺地内町(現在の甲府市)の吉兵衛が、知人の田野村(現在の甲州市)の八左衛門を介して仕入れていた黐(トリモチ)について、八左衛門が仕入れのトラブルで瀬戸村(現在の大月市)の力蔵らを訴えた訴訟が長引き、このまま放置すると黐が腐ってしまうので、手入れだけでもさせてほしいと願い出たもの。

城下町のにぎわい」に展示中
黐手入れにつき乍恐書付ヲ以奉願上候
 
やまなしの人々と山関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。

やまなしの人々と山関連資料マーク
 
テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<やまなしの人々と山>です。

展示期間
 
令和3年8月18日(水曜)から10月18日(月曜)まで

展示場所
常設展示室 「道がつなぐ出会い」、「水に取り組む」、「江戸文化の往来」ほか
 
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■ 終了したおすすめ資料【資料でめぐる山梨の旅】
テーマ展示「資料でめぐる山梨の旅」案内表示

今回は「旅」に関する歴史資料や美術作品を中心とした展示替えを実施いたします。コロナ禍のなか、実際の遠くの旅も難しいなかですが、資料を通じてかつての旅の様子や、県内外の名所の魅力についてお楽しみいただきたいと思います。

 
甲州道中図屏風(右隻)

江戸から身延詣でに向かう旅の景観

甲州道中図屏風(右隻)

江戸から甲州道中を通って甲府へ、さらに富士川を下って身延山を参詣しながら駿河湾に到る道筋の名所旧跡48場面を描く屏風。右隻では、第5扇の4段目に、「南無妙法蓮華経」と刻まれた石塔、第3.4扇の5段目に石和遠妙寺と鵜飼伝承に関わる史跡など、法華宗に関わる史跡が意識して描き込まれています。

道がつなぐ出会い」に展示中


富士川の景観と江戸時代の旅姿

諸国名所図会 甲斐身延路鰍澤不二川

二代広重が描いた団扇絵。鰍沢あたりの富士川沿いの街道を、旅の女性と駕籠かきが行く情景が描かれています。眼下の富士川には舟運の様子が、背後には鰍沢の番所付近と思われる景観を見ることが出来ます。

江戸文化の往来」に展示中
※展示期間 6月16日(水曜)〜7月19日(月曜)
諸国名所図会 甲斐身延路鰍澤不二川

こーんなに大きい旅の名所

諸国名所百景 甲州矢立杉

二代広重の「諸国名所百景」の中の1枚。作中の旅人の両手を広げて杉の大木の大きさを測るような描写が、葛飾北斎の「冨嶽三十六景 甲州三島越」と構図がよく似ており、甲州道中の笹子峠を行く旅人ののどかな風情が伝わってきます。

江戸文化の往来」に展示予定
※展示期間 7月21日(水曜)〜8月16日(月曜)
諸国名所百景 甲州矢立杉

まんまるな笑顔のほとけさま

弘法大師像 木喰作

廻国修行しながら、全国で多くの仏像を制作した江戸時代の身延町出身の木喰が、故郷に戻った際、制作した像。もとは四国堂と呼ばれる四国八十八か所霊場の本尊を祀る堂内に安置されていました。四国堂のために制作された像は90体ほどですが、背面の銘文から、本像はその中で最初に制作された一体と考えられます。

道がつなぐ出会い」に展示中
弘法大師像 木喰作


山梨の交通過渡期のガイドブック

富士裾野めぐり 付富士川下り甲州御岳

富士五湖など富士山麓をめぐるコースマップ。名所をめぐるための交通案内に重点が置かれており、富士身延鉄道(身延線)の身延・甲府間は未成で富士川水運の利用も想定されており、当時の交通状況を見るうえでも興味深い資料となっています。

変貌する景観」に展示中

富士裾野めぐり 付富士川下り甲州御岳


江戸時代の箱根観光地図

箱根案内図

箱根の名所案内図。西を上とし、左上に芦ノ湖や箱根権現(箱根神社)、中ほどに宮ノ下、下方に塔ノ沢や湯本を描き込んでいます。

転換期に向き合う」に展示中

箱根案内図

徳川家康以来の由緒の人形芝居
右左口人形

山梨県指定文化財。甲府市右左口地区に伝わる人形芝居の用具。

道がつなぐ出会い」に展示中

右左口人形

人家も疎らな武蔵野を一直線に
蒸気車往復繁栄之図

甲州財閥のひとりである雨宮敬次郎が経営した甲武鉄道(現在のJR中央線の新宿・八王子間にあたる)の沿線風景を描いた錦絵。広がる武蔵野と小金井の桜など、当時の沿線の景観や名所が描かれています。

巨富を動かす」に展示中

蒸気車往復繁栄之図
歴史の旅関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。

歴史の旅関連資料マーク

テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<資料でめぐる山梨の旅>です。

展示期間
 令和3年6月16日(水曜)から8月16日(月曜)まで

展示場所
常設展示室 「道がつなぐ出会い」、「変貌する景観」、「江戸文化の往来」ほか

 
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■ 終了したおすすめ資料【災いと人々 祈る・助けあう・乗りこえる】

テーマ展示「災いと人々 祈る・助けあう・乗りこえる」の案内表示

東日本大震災から10年。
毎年のように大規模な災害が日本を襲い、今なお多くの人々が、災害と向き合って日々を送っています。

地震、水害、火災、疫病…山梨県(甲斐国)でも、古くから多くの災害が人々を襲ってきました。しかし、その度に人々は助けあって、立ち上がり、災いを乗り越えて来たのです。

「忘れたころにやってくる」、いつかは来てしまうかもしれない「その日」について、資料をみながら考えてみてはいかがでしょうか。


信玄堤絵図

「出し」が堤防を守っています。

信玄堤絵図


江戸時代の竜王信玄堤(甲斐市)の状況を描いた絵図。「出し」と呼ばれる突堤が設けられ、堤防本体を守っている様子がわかる。 

水に取り組む」に展示中

疱瘡除けには赤い包装紙

御菓子袋(升太の広告集)


甲府八日町の菓子屋、升屋太郎右衛門こと升太の広告類が貼られた貼交帳に見られる、浮世絵師の歌川国芳が手掛けた菓子袋(前期)。同じく貼交帳に貼られた全体が赤色で仕立てられた升屋の菓子袋。どちらも、疱瘡除けの意味合いが込められ作らえた菓子袋と考えられる。

江戸文化の往来」に展示中
※途中ページ替えあり

横綱金太郎が病気を退治

御菓子袋


金太郎が中央に描かれた菓子袋で、まわしをつけた金太郎が土俵にあがり、しこを踏んでいるようである。金太郎の肌は赤く描かれることが多いが、これは疱瘡除けの意味合いがあるといわれている。他にも桃太郎や源為朝、鍾馗、みみずく、兎、達磨などが疱瘡絵の題材として使われていた。

江戸文化の往来」に展示予定
※展示期間5月12日(水)〜6月14日(月)

地震発災時は命を守る行動を

『安政見聞録 上』


服部保徳著、挿絵は歌川芳晴(芳春)による。安政2年10月2日(1855年11月11日)に江戸を襲った安政江戸地震に素材をとった読本。この地震では江戸近辺で震度6相当、甲府でも震度4以上の揺れであったと推定されている。

転換期に向き合う」に展示中

安政見聞録 上

災害関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。


テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<災いと人々 祈る・助けあう・乗りこえる>です。

展示期間
 令和3年4月21日(水曜)から6月14日(月曜)まで

展示場所
常設展示室 「水に取り組む」、「道がつなぐ出会い」、「江戸文化の往来」ほか

 
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■ 終了したおすすめ資料・テーマ展示【山梨の春は、桃と桜と信玄公】



山梨の春は桜や桃が咲き誇り、甲府盆地を花の色で彩ります。
春はまた、戦国時代を代表する武将 武田信玄にゆかりのある季節です。元亀4年(1573)4月12日に亡くなった信玄をしのんで、山梨では様々なお祭りやイベントが催されます。
県立博物館でも、毎年恒例の武田特集で信玄ゆかりの資料を数多く展示しております。今年はさらに、山梨の春を彩る桃や桜に関する資料も展示しています。ぜひ博物館で山梨の春を満喫しながら、武田信玄と戦国の世に思いをはせてみてください。

武田氏ゆかりの像
韋駄天立像
いだてんりゅうぞう

両手で合掌し、兜をかぶる韋駄天立像。禅宗寺院の厨房に安置されることが多い。兜内部に記された銘により、武田氏縁の像と考えられる。

信仰の足跡に展示中

春だ!ぶちかませ!!
砲弾
ほうだん

柏尾の戦いに際し、幕府軍が新政府軍に打ち込んだ不発弾であるという。1859年にフランスで開発された野戦砲「四斤山砲」の砲弾と同形である。日本では慶応2年(1866)の第二次長州征討に際して幕府陸軍が使用したことが知られており、明治に至るまで陸軍の主力装備の1つであった。

「転換期に向き合う」に展示中


武田信玄に仕える家臣団のすがた!
武田二十四将図
たけだにじゅうししょうず

最も古い作例のひとつと考えられている、丹絵(墨で摺った輪郭線だけの版画に手彩色で色を加えたもの)の武田二十四将図。信玄は画面上部中央に、その下に23名の武田家家臣の姿が、軍議を行っているかのように描かれている。江戸時代前期に役者絵を始めた鳥居派の祖、初代鳥居清信(1664〜1729)による作例と考えられている。
※令和3年3月17日(水)から4月12日(月)までの限定展示

江戸文化の往来に展示中




甲越武勇伝大膳大夫晴信入道信玄
こうえつぶゆうでん だいぜんたゆうはるのぶにゅうどうしんげん

甲越武勇伝とは、甲軍が20名、越軍が20名の計40名の武将からなる揃い物で、もともとは絵双紙に仕立てられていた。各自の武勇伝が上部に記されるとともに、甲冑姿の全身像が表されている。信玄の嫡子である武田太郎義信や武田左馬之助信繁など、武田二十四将図には通常みられない人物も描かれている点が特徴である。作者の歌川芳勝(生没年未詳)は幕府の醤油御用達をしていたが、後に歌川国芳(1797〜1861)の門人となった。
※令和3年2月17日(水)〜3月15日(月) までの限定展示

江戸文化の往来に展示中

甲越武勇伝山本勘助晴幸入道道鬼斎
こうえつぶゆうでんやまもとかんすけはるゆきにゅうどうどうきざい

甲越武勇伝とは、甲軍が20名、越軍が20名の計40名の武将からなる揃い物で、もともとは絵双紙に仕立てられていた。各自の武勇伝が上部に記されるとともに、甲冑姿の全身像が表されている。題名の「道鬼」とは、勘助が出家後、法名として名乗った名である。
※令和3年3月17日(水)から4月12日(月)までの限定展示

江戸文化の往来に展示中

山梨の春のお祭り、御幸祭!
甲山峡水
こうざんきょうすい  

山梨県の名所を紹介する観光ガイドブック。中央線甲府開業を機に企画され、明治39年(1906)に開催された一府九県連合共進会の際に刊行された。富士山、屏風岩、猿橋、昇仙峡、御幸祭などが挿絵で紹介されている。

変貌する景観に展示中


信玄公、春関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。

武田菱 春の花

テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<山梨の春は、桃と桜と信玄公>です。

展示期間
 令和3年2月17日(水曜)から4月19日(月曜)まで

展示場所
常設展示室 「信仰の足跡」、「道がつなぐ出会い」、「江戸文化の往来」ほか

 
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