山梨県立博物館 かいじあむ
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8 里にくらす
 
「里にくらす」展示室写真  里の生活を理解するために、里の人々が盆地や扇状地、丘陵地などの自然地形を活かしながら山梨を代表する産物を生み出し、人やモノのさまざまな交流があったことを紹介します。
展示資料 
資料名
時代
所有
指定
資料解説
千野村絵図 (甲州文庫) 文政12年
(1829)
山梨県立博物館   江戸時代の千野村(甲州市)を描いた絵図。
丸石道祖神(複製)    山梨県立博物館   山梨県の甲府盆地およびその周縁部を中心に分布する、丸石を御神体とする道祖神の石像物。
測量器(複製) 江戸時代(19世紀頃) 山梨県立博物館
(原資料 個人蔵)
  浅尾新田村(北杜市)の窪田幸左衛門(1771-1856)が土木工事に用いていた測量器。持ち運びやすいように簡単に分解・組み立てが出来る作りとなっている。朝穂堰、楯無堰、新倉掘抜、甲府城下町の上水など、甲斐国内の主な用水路はもとより、駿河や信濃といった他国の用水工事などにも用いられた。
ヒブセ(おやなぎ) 明治時代か 山梨県立博物館   山梨市牧丘町牧平では、1月20日にオヤマコロバシでオヤマカザリ(神木)を倒した後、ヤナギを丸めて各戸に分配する。これをヒブセと呼び、家の屋根に投げ上げたり玄関に飾ったりして、火除けの呪いとする。
「道祖神祭礼再開願」(西保下村武藤家文書) 安政6年
(1859)
山梨県立博物館   江戸時代後期、道祖神祭りは贅沢で倹約に反するという理由から、度々禁令が出された。本資料は、山梨郡西保下村(現山梨市牧丘町)馬場組が、8年間にわたって禁止されていた祭りの再開を願い出たもの。道祖神祭りを行わないと不吉を招くとして、祭りを質素にしてでも再開させて欲しいと願い出ている。
『風俗画報』(頼生文庫) 明治24年
(1891)
山梨県立博物館   松里村(現甲州市塩山松里)における、道祖神の渡御の様子。道祖神は天狗の面を被り、頭に馬の沓を載せ、夜着(よぎ)を着て、笏(しゃく)の代りに網杓子(あみしゃくし)を持つ。挿絵からは、人々が思い描いてきた道祖神の姿をうかがうことができる。また、このような異形の姿の根底には、新年最初の満月の晩に歳神が訪れ祝福するという民間信仰があると考えられる。
韓国扶餘出土 陽物形木簡(複製) 明治時代以降 山梨県立博物館   婚礼における夫婦固めの儀式(いわゆる「三々九度」)で用いられる盃。吉祥柄としても代表的なツルがつがいで描かれている。
金草鞋十二編身延山道中記(甲州文庫)

文政2年
(1819)

山梨県立博物館   旅姿の男女の傍らに道祖神が描かれている。道の先には集落があり、路傍に道祖神が描かれている。ここに描かれた道祖神は集落の入口を象徴するモチーフとして描かれたものである。文学作品の中には、このように境界や旅の象徴としての道祖神が登場することがある。
道祖神信仰には、男女の縁結びを御利益とする信仰や、その発祥の由来として兄妹が結ばれる悲恋の伝承がある。しかし、ここに描かれた男女二人は、道中で偶然に出会った者たちで、会話も意味深なものではない。描かれる道祖神のモチーフと信仰の実態は、全く異なるわけではないが、同一のものでもないことがわかる。
甲府買物独案内(甲州文庫) 嘉永7年(1854) 山梨県立博物館   甲府において雛人形を扱った問屋が記されている。右頁右側の松城屋の屋号の下に、、小さく「地」と記されている。地細工物問屋の意味であると推測される。この店は、カナカンブツ(おかぶと)の元祖であったという。
甲府買物独案内(甲州文庫) 明治5年(1872) 山梨県立博物館  

四方津村(現上野原市)ほかにおいて、雨乞いの祭りを行った際の様子について書き記したもの。雷様の絵は、祭りのための雷神の作り物を描いており、水の恵みと雷とが結びついた信仰があったことがわかる。

奈良田の小正月のツクリモノ 寛政11年
(1799)
山梨県立博物館   奈良田では、その年初節供を迎える子どもに対し、小正月に贈り物をして祝う。女の子にはオボコと呼ばれる人形が、男の子には鉄砲やブクツチ(福槌)が贈られる。これらには、「富貴長命」「めでたくかしく」などの福を願う言葉が書き込まれている。
ハイボコサン 昭和 山梨県立博物館   ハイボコサンとは、「はいはいする赤ちゃん」の意味である。北杜市明野町上神取では、道祖神祭りの時、オヤナギサン(神木)の垂れ下がる竹の先端にハイボコサンを吊して飾る。名称や形から、子授けあるいは子孫繁栄の願いを込めたものと思われる。
ぶどうの粒抜き(小林コレクション) 昭和 山梨県立博物館   甲州市塩山にて使用されたぶどう栽培の道具。色が悪くなったり、収穫後、出荷前に傷んだ果粒を抜き取るために使用した。
お荒神
(小林コレクション)
昭和 山梨県立博物館   台所の神様。
地神さん
(小林コレクション)
昭和 山梨県立博物館   大地の神様。
軍馬帽
(長田家資料)
昭和 山梨県立博物館   馬の日除けの帽子。
馬ブラシ(鉄製)  昭和 山梨県立博物館   馬の血行をよくするためのブラシ。
馬ブラシ(藁製) 
(小林コレクション)
昭和 山梨県立博物館   馬の毛並みを整えるためのブラシ。
馬草鞋   山梨県立博物館   馬の履いた草鞋。
山の神の弓矢 現代 山梨県立博物館   1月17日、山の神の祠に竹で作った弓矢を奉納し、また的を射て山仕事の安全を祈願する。奉納する弓矢の数は、一本あるいは二本、または家の男性の人数分とするなど様々である。この日には山仕事をしてはいけないとされる。
甲斐叢記(甲州文庫) 嘉永4年
(1851)
山梨県立博物館   甲斐国の地理・歴史を記した書物。「甲州八珍果(峡中八珍果)」が挿絵入りで紹介されている。八珍果とは、江戸時代の甲斐国を代表する八種類の果樹で、その内容はブドウ・ナシ・モモ・カキ・クリ・リンゴ・ザクロ・クルミ(一説には銀杏)である。誰によって選ばれたのかは不明であるが、これらが甲斐国を代表する果実であることは古くから知られていたようだ。
煙草包装紙
〈篠原家資料〉
明治22年
(1889)
山梨県立博物館   上今諏訪村(現南アルプス市)で生産された梅煙という煙草の包装紙。組み立てると箱になる。
煙草入れ
(大木家資料)
  山梨県立博物館   煙草と煙管をいれるための道具。
煙草箱
明治時代 山梨県立博物館   明治時代に山梨県内で生産された煙草の箱。
百万遍の馬草鞋(再現品) 現代 山梨県立博物館   甲州市塩山牛奥地区で、毎年7月14日に行われる百万遍の道切り行事で用いられる馬の草鞋。村の入口4ヶ所に立て、悪いものが入らない呪いとする。



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