山梨県立博物館 かいじあむ
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16 巨富を動かす

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 幕末期に生糸取引で活躍した甲州屋忠右衛門や、のちに甲州財閥として巨富を動かした若尾逸平らの人物像に迫り、甲州から出発した彼らの旺盛な行動力や積極性について紹介します。
  また、甲州財閥の行った電気や鉄道をはじめとした町の基盤づくり事業が、現在の私たちのくらしに生きていることを紹介し、日本や山梨の近代化における彼らの事業の意義を明らかにします。

展示資料
 
資料名
時代
所有
指定
資料解説
馬車広告(名取雅樹関係文書) 明治15年
(1882)
山梨県立博物館   八王子から東京までを結んだ馬車の営業広告。1日に6往復の便数があり、概ね4時間半で連絡していたことが分かる。東京への高速アクセス手段だったが、7年後に開業する甲武鉄道は、八王子・新宿間をより速い1時間50分で結ぶようになる。
馬車開業広告(大木家文書) 明治17年
(1884)
山梨県立博物館   東京両国から成田山へ向かう馬車鉄道の開業広告。まだ鉄道が全国へ行き渡らなかった明治中頃には、こうした馬車鉄道が各地へ普及したが、通常の鉄道の整備が進むと、規模も輸送力も小さい馬車鉄道は姿を消していった。
山梨馬車鉄道株式会社創業総会案内書(関本家文書) 明治30年
(1897)
山梨県立博物館   甲府盆地における最初の「鉄道」である山梨馬車鉄道の創業総会案内書。同鉄道は、甲府から石和・勝沼へ向けた東方面への路線と、浅原橋、鰍沢への南方面への路線を整備したが、中央線など他の交通機関の発達とともに勢力を小さくしていった。
鉄道馬車時間表(大木家文書) 明治33年
(1900)
山梨県立博物館   山梨馬車鉄道の時刻表。始発駅ごとの出発時刻が記されており、東方面の勝沼行き、南方面の小井川行きともに1日15本運行され、東方面には石和までと日川までの区間馬車も運行されていた。
都留馬車鉄道株式会社創立関係綴(甲州文庫) 明治31年
(1898)
山梨県立博物館   都留馬車鉄道の創立関係書類。同鉄道は富士北麓地域に路線を伸ばし、一時は籠坂峠で御殿場方面への路線と連絡した。大正時代に電化し、昭和になってから、富士山麓電気軌道(現在の富士急行)に路線を譲渡して廃止された。
若尾逸平ミニチュア 明治〜大正時代 山梨県立博物館   甲府市愛宕山に若尾の米寿記念に建てられた寿像(写真小川一眞、原型河村嘉祥、鋳造漆原新七 『若尾逸平』より。現存せず。南アルプス市に再建銅像が所在。)と同様のミニチュア。像からも小柄な老人であること、右足を踏み出すポーズから、溢れ出る行動力が想起される。明治40年(1907)の銅像建設時、あるいは大正時代の若尾公園の造営時の記念品であろうか。
甲府繁盛寿語呂久(甲州文庫) 明治36年
(1903)
山梨県立博物館   明治時代の甲府とその近郊の商家や銀行などをめぐるすごろく。明治35年版のものは、常盤町の第十銀行をふりだしに若尾銀行があがりとなっており、明治36年版はその逆となっている。


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