山梨県立博物館 かいじあむ
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4 水にとりくむ

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真山梨の人々は、度重なる水害を克服するために信玄堤などの独自の治水技術を発達させ、徳島堰などの利水事業を通じて、豊かな水の恵みを生み出してきました。
水に関わる人々のさまざまな歴史と同時に、そこから生まれた民俗や信仰や先人たちの水に取り組んできた姿を紹介します。
展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
釜無川氾濫の図(複製)   山梨県立博物館(原資料:長遠寺)    享和2年(1802)に鏡中条村(南アルプス市)付近で起きた大洪水の様子を描いた絵図。
網代護岸 (宮沢中村遺跡)    山梨県立考古博物館    洪水から水田を守るため、鎌倉時代に造られた護岸。
おささら様(模造品)          甲府市小瀬町で行われる天津司の舞(国指定重要無形民俗文化財)で使用される人形。甲府盆地が湖だった頃、天から降りて来て舞い踊っていた神々の姿を現している。
石和鵜飼山遠妙寺略縁起(甲州文庫) 江戸〜大正時代 山梨県立博物館
  遠妙寺が発行した寺の由緒。平家滅亡後に放浪した平時忠は、石和の殺生禁断の地で鵜飼を行ったために殺され、その怨念で亡霊となり人々を困らせた。後に石和を訪れた日蓮聖人が亡霊に出会い、小石に法華経を書写して川に沈めて成仏させた。当寺はこの謂れによって、鵜飼山遠妙寺と号したと述べる。
「甲斐之国鵜飼道場」摺物(甲州文庫) 江戸時代 山梨県立博物館   江戸時代に遠妙寺で発行されていた摺物。上部には鵜飼伝説の概略と、日蓮聖人に供養された時に平時忠が詠んだと伝わる和歌が記され、下には日蓮聖人と日朗・日向上人が鵜飼の亡霊を供養する様子が描かれている。参詣客に配られたものと考えられるが、寺号はなく、右下に「甲斐之国鵜飼道場」とだけある。
武田家朱印状(保坂家文書) 天正3年(1575) 個人蔵 (寄託) 武田氏より竜王河原宿(甲斐市)に対して、今後は獅子の印判を用いて竹木や藁縄の調達を命じることを伝えた古文書。調達する物資は、川除普請の資材になったと考えられる。
雨乞之辨(甲州文庫) 万延元年(1860) 山梨県立博物館   雨乞についての意見書。全国各地で行われていた雨乞の祈祷方法を紹介しつつ、「メッタヤタラニ祈リ散ラスハ却ツテ神ヲ慢リ汚スト云モノ也」などと懐疑的な意見も記している。また雨乞いの効果を批判的に検証しようとする内容もあり、当時の人々の雨乞いに対する考え方がうかがわれる。
石尊祭の藁束 平成14年
(2002)
山梨県立博物館    水神である「石尊(せきそん)さん」の祭りで使用される。唱えごとをしながら、藁を一本ずつ束から抜き取り、川に投げ入れる。
御幸祭川除の石 平成15年
(2003)
山梨県立博物館    洪水を防ぐために行われる御幸祭(みゆきまつり)で、水神を鎮めるために使用される石。
形代 人形(南アルプス市大師東丹保遺跡出土) 鎌倉時代 山梨県立考古博物館    大師東丹保遺跡では水辺の祭祀に用いられる形代や斎串が多数出土した。人形に災いを移し、清らかな水に流す現代の大祓に似た使い方がされたと考えられる。
雨乞いの仏像 不明 清水寺    山梨市市川の清水寺に伝承される雨乞いの仏像。
測量器(複製) 江戸時代 山梨県立博物館(原資料:個人)    江戸時代の優れた土木技術者であった窪田幸左衛門(1771-1855)が用いた測量器。持ち運びに便利なように、簡単に分解・組み立てが出来る仕組みとなっている。


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