山梨県立博物館 かいじあむ
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9 城下町の賑わい

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
城下町の成り立ちや役割を理解するために、甲府城築城の目的や甲府城下町の都市計画を紹介します。また、城下町で営まれた武家や町人の生活を紹介します。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) 江戸時代 (原資料 柳沢文庫)   柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1724)の甲府城下町を描いた絵図。
『北斎漫画 八編』(大木家文書) 江戸時代
(19世紀)
山梨県立博物館   葛飾北斎(1760-1849)による絵手本集。全15編。展示箇所は見開きに大きく象を描いた部分。象は室町時代に初めて日本に持ち込まれて以後、たびたび権力者への献上品とされた。
『北斎漫画 十編』(大木家文書) 江戸時代
(19世紀)
山梨県立博物館   葛飾北斎(1760-1849)による絵手本集。全15編。展示箇所はネズミの「家久連里(かくれざと)」を描いた部分。大量の小判を運ぶネズミや、俵を積みそろばんで計算するネズミなど、富を蓄えるネズミを隠れ里の住民として擬人化して描いている。
『博物新編訳解 巻之四』(坂名井家資料) 明治4年(1871) 山梨県立博物館   イギリス人合信ことベンジャミン・ホブソン(Benjamin Hobson、1816-73)の著作「博物新編」を日本語訳したもの。展示箇所では「之獵?」ことGiraffe、すなわちキリンが描かれている。
生類憐みの心得につき覚(甲州文庫) 貞享4年(1687) 山梨県立博物館   甲府八日町の長人五郎左衛門が、甲府藩の町奉行に対して、江戸からの「生類憐みの令」を守ることを申し出たもの。このとき幕府は、鳥や亀の飼育、鶴やいけすの魚の売買を禁止している。
甲府境町生類憐仰渡請書(頼生文庫) 貞享5年(1688) 山梨県立博物館   甲府境町の甚兵衛が、長人の五郎左衛門を介して、町年寄の坂田与一左衛門・五味五右衛門に「生類憐みの令」を守ることを申し出たもの。このとき命じられたのは、捨てられた牛馬があれば捕らえて届け出ること、もし死んだ場合にはその事情を報告する、といったものであった。
小鳥飼育禁止につき覚(甲州文庫) 元禄9年(1696) 山梨県立博物館   甲府の町年寄古谷仁兵衛・坂田与一左衛門が、甲府城下町のうち甲州街道沿いの町に対し、明朝、明け六つ(午前6時ころ)に街道に水を打ち、掃除をすることと、飼育が禁止されている小鳥について、もし町内にいた場合、明日1日は表に出してはならないと指示をしたもの。
犬札付置につき覚(甲州文庫) 江戸時代(17世紀) 山梨県立博物館   甲府の町年寄五味五右衛門と坂田与一左衛門が、甲府城下町の全ての町に対し、町内の犬について、町名を書き付けた札をつけるように指示したもの。あわせて札が落ちている犬について、札を付け直すようにも命じている。
犬の生死届出につき覚(甲州文庫) 貞享5年(1688) 山梨県立博物館   甲府の町年寄五味五右衛門・坂田与一左衛門が、甲府城下町の全ての町に対し、去年のお触れ以後に生まれた犬および死んだ犬の毛色と生まれた日・死んだ日を調査して、翌日までに届け出るように指示したもの。
町々犬員数書付につき覚(甲州文庫) 元禄8年(1695) 山梨県立博物館   甲府の町年寄古谷仁兵衛と坂田与一左衛門が、甲府城下町のうち上府中の町々に対し、町内の犬の数を4日後までに報告するように指示したもの。犬の数の調査にあたっては、騒がしくならないように、内緒に、ひそかに行うようにと書かれている。
馬保護の心得につき覚(甲州文庫) 江戸時代(17世紀) 山梨県立博物館   馬に荷物を積む際には、馬の様子により荷物の分量を調整し、馬が難儀しないように軽めに荷物を積むことや、病気やけがをした馬を荷運びに使わず、いたわることを命じたもの。
馬毛付・年付・尺付改帳(甲州文庫) 貞享5年(1688) 山梨県立博物館   甲府城下町の柳町で飼われていた馬の毛色と性別、大きさや飼い主、入手方法などを書き付けたもの。このとき、柳町には31頭の馬が飼われていたことがわかる。
大曲馬広告(甲州文庫) 明治時代(19世紀) 山梨県立博物館   甲府太田町での大曲馬の広告。曲馬とは馬を用いて行う曲芸のことで、武術としての乗馬を競う曲乗りから派生したものといわれている。「一ノ谷」や「三番叟」など、歌舞伎の趣向を取り入れた演劇として上演された。
甲府城出土瓦(一部) 江戸時代 山梨県立考古博物館   甲府城で使用されていた瓦。
甲府上水木樋   甲府市水道局   木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。
甲府城跡出土鯱瓦(復元品)   山梨県立考古博物館   創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。
甲府城跡出土 桐紋瓦 豊臣政権期(16世紀)

山梨県立考古博物館

  豊臣家の五三桐紋をかたどった瓦。秀吉が直接築城に関わった姫路城や大坂城から出土したものと類似する特徴を備えており、甲府城が豊臣政権から重視されていたことがわかる。
甲府城跡出土 違鷹羽紋瓦 豊臣政権期(16世紀) 山梨県立考古博物館   浅野家の違鷹羽紋をかたどった瓦。浅野長政・幸長父子は1594(文禄3)年から甲斐国を支配し、甲府城の整備を行った。
甲府城跡出土 花菱紋瓦

江戸時代(18世紀)

山梨県立考古博物館   柳沢家の花菱紋をかたどった瓦。柳沢吉保は1704(宝永元)年に甲府城と甲斐国の国中三郡を拝領し、甲府城の修復・再編を行った。
甲府城跡出土 輪宝

江戸時代(17世紀)

山梨県立考古博物館   甲府城跡の稲荷櫓台から出土したもの。寛文年間の甲府徳川家による甲府城修復の際、地鎮具として埋納されたと考えられている。


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