資料名 |
時代 |
所有 |
指定 |
資料解説 |
| 甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) |
江戸時代 |
(原資料 柳沢文庫) |
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柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1734)の甲府城下町を描いた絵図。 |
| 『釈迦御一代図絵 二』(長谷川家文書) |
弘化2年
(1845) |
山梨県立博物館 |
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山田案山子による読本。挿絵は葛飾北斎。仏教の開祖釈迦の生涯を描く。展示箇所は「提婆太子大象を撃図」。 |
| 『博物新編訳解 巻之四』(坂名井家文書) |
明治4年
(1871) |
山梨県立博物館 |
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イギリス人合信ことベンジャミン・ホブソン(Benjamin Hobson、1816-73)の著作「博物新編」を日本語訳したもの。展示箇所では「ギラヘ」ことGiraffe、すなわちキリンが描かれている。 |
| 生類憐みの心得につき覚(甲州文庫) |
貞享4年
(1687) |
山梨県立博物館 |
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八日町(現在の甲府市中央)の長人・五郎左衛門が、甲府藩の町奉行に対して、幕府からの「生類憐みの令」を守ることを申し出たもの。このとき幕府は鳥類や亀の飼育、鶏やいけすの魚の売買を禁止している。生き物の扱い方を厳しく統制していた当時の社会の様子をうかがうことができる。 |
| 犬の生死届出につき覚(甲州文庫) |
貞享5年
(1688) |
山梨県立博物館 |
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甲府の町年寄である五味五右衛門・坂田与一左衛門が、甲府城下町の各町に出した触書。前年のお触れ以後に生まれた犬や死んだ犬について、毛色や生まれた月日・死んだ月日を調査し、翌朝与一左衛門の家に届け出るように命じている。上段の資料を含め、生類憐みの令をきっかけに、犬の生死について、毛色や月日などを細かく把握していたことがうかがえる。 |
| 死犬につき八日町口上(甲州文庫) |
貞享4年
(1687) |
山梨県立博物館 |
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八日町(現甲府市中央)の町人たちが犬の死因について記し、町奉行所に提出した報告書。生類憐みの令によって、犬をはじめとした動物を殺すことが固く禁じられていた。殺した場合は、死罪や流罪などの重い刑罰が課されていたため、人々は町内で死んでいた犬の死因について述べ、自分たちの関与を否定する必要があった。 |
| 犬子毛色書上につき覚(甲州文庫) |
貞享5年
(1688) |
山梨県立博物館 |
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片羽町(現甲府市中央・相生)の源之助が、自宅で生まれた子犬について届け出たもの。8月23日の朝に犬が出産し、翌24日に届け出ている。なお「何方の犬」とあり、この出産した犬は源之助の飼い犬ではない。また、子犬の毛色については、色やぶち模様、性別、個体数が記されている。生類憐みの令により、犬の出生に関して届け出が必要になったことがうかがえる。 |
| 牛分与につき覚(市川家資料) |
江戸時代 |
山梨県立博物館 |
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牛1匹と牛の諸道具一式、鍬1挺を与え、太助というものを遣わすので、牛の使い方を稽古するようにという書状。また望むものがあれば牛や道具を貸して世話をしてやるようにとも述べている。 |
| 牛馬市仕法書(甲州文庫) |
文化11年
(1814) |
山梨県立博物館 |
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牛馬市を開催するための仕法書。甲府城下町の八幡町、御崎町、手子町(甲府市美咲)で1年に3回開催された。 |
| 『新訂牛痘奇法』(甲州文庫) |
嘉永2年
(1849) |
山梨県立博物館 |
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藤田村(現南アルプス市)出身の医者・廣瀬元恭が、牛痘種痘法を説明したもの。イギリスの医者・ジェンナーは、牛痘に感染した牛からワクチンを作り、人に接種して天然痘を防ぐ方法を開発した。 |
| 『絵本三国妖婦伝 下編四』(長谷川家文書) |
享和3年
(1803) |
山梨県立博物館 |
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高井蘭山作の読本。挿絵は葛飾(蹄斎)北馬。玉藻前退治のストーリーは、謡曲《殺生石》などで知られる那須野(栃木県)の殺生石伝説がもととなっている。 |
| 水帳鼠喰破り破損につき写書願書(甲州文庫) |
享和2年
(1802) |
山梨県立博物館 |
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芦垣村(現上野原市)の名主たちが保管していた水帳(検地帳)が、鼠によってかじられてしまい、さらには鼠の小便で汚されて見ることができなくなってしまったという。 |
| 甲府上水並村方用水殺生無用の証文(頼生文庫) |
文政5年
(1822) |
山梨県立博物館 |
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東青沼村・上飯田村(いずれも現甲府市)の名主・長百姓らが、甲府上水などの用水路において、水路を踏み崩さないよう、釣竿や網などを用いた漁をしない旨を申し入れたもの。 |
| 甲府上水木樋 |
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甲府市水道局 |
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木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。 |
| 甲府城跡出土鯱瓦(復元品) |
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山梨県立考古博物館 |
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創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。 |
| 稲荷曲輪出土瓦 |
豊臣政権期
(16世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦の表面には、甲府城を整備した浅野氏の家紋である「違い鷹の羽紋」がある。 |
| 本丸出土花菱紋瓦 |
江戸時代
(17世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦表面には甲府城主であった柳沢氏の家紋である「花菱紋」がある。 |
| 人質曲輪出土桐文様瓦 |
豊臣政権期
(16世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦表面には豊臣家の家紋である「桐紋」がある。甲府城を整備した浅野氏は、豊臣家の重臣であった。 |
| 輪宝 |
江戸時代
(17世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
地鎮(じちん)のための道具。甲府城稲荷櫓跡から出土した。 |