資料名 |
時代 |
所有 |
指定 |
資料解説 |
| 甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) |
江戸時代 |
(原資料 柳沢文庫) |
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柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1734)の甲府城下町を描いた絵図。 |
| 絵本英雄部類 |
弘化3年
(1846) |
山梨県立博物館 |
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戯作者として知られる松亭金水による軍記物。内題には「甲越軍士評判記」・「甲越武者評判記」などとあり、いくつかの版本の端本が合綴されたものと考えられる。川中島合戦で活躍した智謀・武勇の士について、その功績にランクをつけて論じられている。 |
| 川中島両将軍記 上之巻 |
江戸時代 |
山梨県立博物館 |
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川中島の戦いと、そこに至るまでの武田家の動向を描いた絵本。岳亭定岡作、挿絵は岳亭と歌川芳盛。岳亭定岡は葛飾北斎の弟子であり、画家としても知られている。諏方頼重暗殺に始まり、内容的には永禄4(1561)年のいわゆる第四次川中島合戦の一騎打ちをクライマックスとしている。 |
| 絵本甲越軍記三編 |
文政8年
(1825) |
山梨県立博物館 |
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初代速水春暁斎(1767-1823)による読本。『絵本甲越軍記』は春暁斎の代表作の一つで、武田信玄・上杉謙信それぞれの生い立ちを描き、両者の一騎討ちをクライマックスとする物語。 |
| 絵本信玄一代記 |
江戸時代 |
山梨県立博物館 |
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武田信玄の生涯を絵入りで紹介した草双紙。作者は春秋舎荻声なる人物とみられるが、この作品以外に名前が見当たらず、詳細は不明である。挿絵は江戸時代中期を代表する浮世絵師である北尾重政。信玄の幼少期から亡くなるまでを、上杉謙信との戦いを中心に描いている。 |
| 八日市場夜廻番帳写(甲州文庫) |
江戸時代 |
山梨県立博物館 |
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武田氏が甲府の八日市場に対し、町民に交替で夜間の警備と防災にあたるよう命じた朱印状の写。八日市場は、武田時代の甲府城下町の東の出入口部分に設けられ、西の三日市場とともに商業地として発展した。 |
| 口上覚(信玄公二百五十年遠忌につき、甲州文庫) |
文化15年(1818) |
山梨県立博物館 |
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恵林寺の前住職であった義堂が、武田信玄二百五十回忌の法要を営むために寄付を募った際の口上を記したもの。 |
| 信州川中島合戦勇士鑑(甲州文庫) |
江戸時代か |
山梨県立博物館 |
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川中島合戦を戦った武田・上杉両軍の武将を、番付風に紹介したもの。実際には参戦していない武将の名も書かれており、両軍の武将総覧という性格が強い。 |
| 『甲越古状揃大全』(甲州文庫) |
嘉永4年(1851) |
山梨県立博物館 |
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武田信玄・上杉謙信らがやり取りしたとする書状を用いて、読み書きの練習ができるように作られた往来物と呼ばれる教科書。ただしその内容の多くは創作されたものである。 |
| 岩窪信玄公墓石写 |
江戸時代か |
山梨県立博物館 |
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かつて岩窪の武田信玄墓所に建てられていた墓石を写し取ったもの。「法性院大僧正 機山信玄公大居士」の法名と没年月日等が刻まれていたことがわかる。この墓石は新しい墓石の建立にあたり、同所地中に埋納されたという。 |
| 機山公御廟玉垣略図(甲州文庫) |
天保10年(1839) |
山梨県立博物館 |
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岩窪村(甲府市)にある武田信玄墓所の玉垣を新しく造り直すため、島上条村の石工平蔵がその設計図として描いた図面。 |
| 機山公御廟玉垣造営寄附金請取帳(甲州文庫) |
天保11年(1840) |
山梨県立博物館 |
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岩窪村(甲府市)にある武田信玄墓所の玉垣新造は、東花輪村(中央市)の田中喜右衛門、西花輪村(同)の内藤章助が発願し、国内の村々に寄附を呼び掛けた。本資料はその呼びかけに応じて集まった寄付金の記録。 |
| 武田二十四将画像(甲州文庫) |
明治25年(1892) |
山梨県立博物館 |
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武田信玄と、その一族家臣24人を1枚の画面に描いた図。その顔ぶれは、江戸時代以来の伝統的な24将図とは異なるところもあり、現在の信玄公祭り甲州軍団出陣の24将に近い。近代に入り、信玄や二十四将が最構成されて作られたものであろう。 |
| 甲府上水木樋 |
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甲府市水道局 |
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木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。 |
| 甲府城跡出土鯱瓦(復元品) |
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山梨県立考古博物館 |
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創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。 |
| 稲荷曲輪出土瓦 |
豊臣政権期(16世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦の表面には、甲府城を整備した浅野氏の家紋である「違い鷹の羽紋」がある。 |
| 本丸出土花菱紋瓦 |
江戸時代(17世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦表面には甲府城主であった柳沢氏の家紋である「花菱紋」がある。 |
| 人質曲輪出土桐文様瓦 |
豊臣政権期(16世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦表面には豊臣家の家紋である「桐紋」がある。甲府城を整備した浅野氏は、豊臣家の重臣であった。 |
| 輪宝 |
江戸時代(17世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
地鎮(じちん)のための道具。甲府城稲荷櫓跡から出土した。 |