山梨県立博物館 かいじあむ
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9 城下町の賑わい
 
「城下町の賑わい」展示室写真  城下町の成り立ちや役割を理解するために、甲府城築城の目的や甲府城下町の都市計画を紹介します。また、城下町で営まれた武家や町人の生活を紹介します。
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資料名
時代
所有
指定
資料解説
甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) 江戸時代 (原資料 柳沢文庫)   柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1724)の甲府城下町を描いた絵図。
『重刻本草綱目 図巻』(飯田文良氏旧蔵資料)

江戸時代

山梨県立博物館   中国明代の医者・李時珍(1518-93)が、自身の知見やさまざまな本草書を集成した大著。初版は1596(万暦24)年刊行で、慶長年間には日本に渡来した。多様な薬物を16種類に分類し、動物由来の薬物も多数紹介している。当館所蔵本は全38冊。

生類憐れみ御条目につき覚(甲州文庫)

貞享4年(1687) 山梨県立博物館   生類憐れみ政策の一環として出された捨子保護などの法令について、町側から奉行所に提出した請書の案文。捨て子の保護が命じられたほか、病気になった動物、無主犬、他国へ行ったり他国から来た病気の牛馬について奉行所に届け出て指図を仰ぐこととされた。
犬子毛色書上につき覚(甲州文庫)

貞享5年(1688)

山梨県立博物館   甲府片羽町の源之助が、自宅の縁の下で生まれた犬の頭数や毛色などを報告したもの。白に赤のぶちのオス、足が黒く胴が白いオス、白に黒ぶちのメスの都合三匹が生まれたことを甲府藩に届けている。
死犬につき八日町二丁目久右衛門・久左衛門口上(甲州文庫) 貞享4年(1687) 山梨県立博物館   甲府八日町二丁目で死んでいた犬について、その死因が不明であると町側が届け出たもの。生類憐れみ政策を推進する綱吉政権のもと、犬などの死骸を発見した町の人々は、自分たちが殺したわけではないと申告する必要があった。
御巣鷹時分につき猫の注意請書(甲州文庫) 明暦4年(1658 山梨県立博物館   甲府八日町の町人たちが、御巣鷹の時分であるので、鷹の雛を襲わないように、猫は首に飼い主の名前を書いた札をつけたうえでつないでおくように、という命令を承諾したとする届。
御鷹山につき差上ケ申一札之事(甲州文庫) 元禄7年(1694) 山梨県立博物館   武川筋の芦倉山(現南アルプス市)の御鷹山での木や草の伐採をしないと上条北割村(現韮崎市)の村人が届け出たもの。鷹狩のための鷹や餌などを調達するために各地に設定された鷹山は、領主の厳しい管理下におかれていた。
御鷹餌鳥差差障りにつき乍恐口上書を以奉申上候(甲州文庫) 宝暦6年(1756) 山梨県立博物館   八代郡石村(現笛吹市)の村人たちが、将軍が鷹狩に用いる鷹の餌となる鳥を捕える「御鷹餌鳥差」の廻村に際して、田畑を荒らす猪や鹿を追い払うための脅し鉄砲を使うため、廻村に差し障るであろうことを石和役所に報告したもの。
『馬療調法記』(古文書雑輯(2)) 宝暦12年(1762) 山梨県立博物館   医師北山寿安の著作。馬のさまざまな症状ごとに薬の処方や手当の方法を記すほか、針灸による治療や内蔵の位置などまで記した総合的馬医術書。
町中馬毛付書上の町触覚(甲州文庫) 貞享5年(1688) 山梨県立博物館   甲府町年寄の坂田与一左衛門・五味五右衛門が、城下町の各町の長人(町名主)に対し、町中の馬の頭数調査を命じたもの。報告書のひな形が添付されており、町内に馬がいない場合でもその旨を申告することとされている。
馬毛付書上につき覚(甲州文庫) 貞享5年(1688) 山梨県立博物館   和田平町の長人(町名主)次郎兵衛と吉兵衛が、町内の馬の毛色と馬齢、馬主を町年寄に報告したもの。町年寄の指示をうけて作成された。他の町でも同様の書類が作成され、町年寄のもとに集約された。
『北斎漫画』(大木家資料) 文化11〜明治11(1814〜78)年 山梨県立博物館   葛飾北斎(1760-1849)の絵手本集。人物や風景など、多様な景物を北斎独自の筆致で描いており、『富嶽三十六景』と並ぶ北斎の代表作ともいわれている。特に北斎が日常的に目にしていたであろう馬の描写は多様であり、北斎の筆力をうかがうことができる。展示箇所は四編の「十二支」と、六編の馬を描いた部分。
加藤光泰判物(今沢家文書) 天正19年(1591) 山梨県立博物館   加藤光泰が甲府の府中八幡宮に北山塩部(甲府市)の地を神領として寄進し、武運長久等の祈念を行うことを命じた文書。光泰は豊臣秀吉の有力家臣で天正19年4月に甲斐国主に任じられ、東国の押さえとしての役割を担い、甲府城の整備を進めた。
甲府上水木樋   甲府市水道局   木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。
甲府城跡出土鯱瓦(復元品)   山梨県立考古博物館   創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。
人質曲輪出土桐文様瓦 16世紀

県立考古博物館

  瓦の表面には甲府城を整備した浅野氏が仕えた豊臣氏の家紋がある。
稲荷曲輪出土瓦 17世紀頃 山梨県立考古博物館   瓦の表面には甲府城を整備した浅野氏の家紋である「違い鷹の羽」紋が施されている。
本丸出土花菱紋瓦

18世紀

山梨県立考古博物館   瓦の表面には甲府城主であった柳沢氏の家紋である「花菱」紋が施されている。
輪宝 江戸時代
(17世紀)
山梨県立考古博物館   大地の神を鎮めるおまじないのための道具。


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