山梨県立博物館 かいじあむ
博物館収蔵の資料をデータベースから検索 収蔵資料案内
topに戻る
 
かいじあむとは
活動紹介
利用案内
施設案内
展示案内
交通案内
イベント案内
富士山
お楽しみ資料
キッズミュージアム
教職員の方へ
グループ・団体の皆様へ
展示案内

9 城下町の賑わい
 
「城下町の賑わい」展示室写真  城下町の成り立ちや役割を理解するために、甲府城築城の目的や甲府城下町の都市計画を紹介します。また、城下町で営まれた武家や町人の生活を紹介します。
展示案内
資料名
時代
所有
指定
資料解説
甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) 江戸時代 (原資料 柳沢文庫)   柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1724)の甲府城下町を描いた絵図。
『日本社寺明鑑 巻之一』(甲州文庫) 明治37年(1904) 山梨県立博物館   北村徹編、晩晴館発行。甲斐国の神社・寺院について、地域別にその由緒や什物の説明を加え、冊子の後半部では主な寺社の境内の様子を細密な銅版画で紹介している。明治20年代から30年代にかけて、「博覧図」などと呼ばれる銅版画集が関東を中心に流行した。本資料もそのひとつである。展示箇所ではそれぞれ八ヶ岳、金峰山、富士山が描き込まれている。
『日本社寺明鑑 巻之二』(甲州文庫) 明治37年(1904) 山梨県立博物館  
『日本社寺明鑑 巻之三』(甲州文庫) 明治37年(1904) 山梨県立博物館  
山論出府中の死者に関する支払いにつき乍恐以書付奉願上候(甲州文庫) 江戸時代(19世紀) 山梨県立博物館   4ヶ村の総代3名が、山の用益をめぐる訴訟のために江戸に滞在していたところ、そのうちの1人が亡くなってしまった。その諸経費を、半兵衛が立て替えており、これを訴訟に関わった村の経費から支出するよう命じてほしいと訴えたもの。
神座山への立入禁止につき差上ケ申一札之事(檜峰神社武藤家文書) 延宝9年(1681) 山梨県立博物館   二宮村(現笛吹市)の名主久兵衛らが、評定所に提出した請状の控え。すでに1665(寛文5)年・71年(寛文11年)の2度にわたって提起された訴訟の結果、二宮村は神座山の檜峰神社領(笛吹市)への立ち入りを禁止されていた。。
山境訴訟につき書付(甲州文庫) 正徳3年(1713) 山梨県立博物館   平野村(現南都留郡山中湖村)の名主六左衛門らが、鹿留村(現都留市)と争った山論に関する史料。谷村藩秋元家が1704(宝永元)年に転封となった直後に提起されており、領主交替における混乱を示す訴訟である。
売渡し申山之事(甲州文庫) 貞享2年(1685) 山梨県立博物館   清左衛門が伝兵衛に対して所有していた山を甲金10両で売ったときの証文。この時期、甲斐国では凶作が続き、年貢の納入ができない農民が多かった。清左衛門もその1人で、毎年銭50文と定められた年貢が払えず、山を手放すことになったのである。
売渡申山之事(甲州文庫) 寛保2年(1742) 山梨県立博物館   大塚村(現市川三郷町)の利兵衛が、上大鳥居村(現中央市)に持っていた山を、上野村(現市川三郷町)の勘太夫・市平に売り渡したときの証文。利兵衛は都合36両の代金により山を売り払い、完全に権利を放棄することになった。
丑之御年貢ニ詰申ニ付売渡申山之事(甲州文庫) 延享2年(1745) 山梨県立博物館   太郎左衛門が、法泉寺に対して山や山畑を売り渡したときの証文。ここで太郎左衛門は年貢に困窮した結果、所持していた山を手放すことになった。さらにこのほかに「先状坪付」が存在することが示されており、他にも太郎左衛門が土地を法泉寺に売っていたことがわかる。
御材木運人足帳(甲州文庫) 元禄10年(1697) 山梨県立博物館   甲府城下の各町が、祖父江左太夫の命によって、「御蔵」から高畑(現甲府市)の渡し場まで材木を運び出すために提供した人足の人数を記したもの。材木は、高畑からは水運を用いて、荒川・笛吹川を経て、富士川から江戸に向けて送られた。
神座山からの材木伐り出しにつき乍恐以書付奉願上候(檜峰神社武藤家文書) 宝暦10年(1760) 山梨県立博物館   檜峰神社の神主武藤数馬が、神社の本殿の修復・造立の費用を捻出するため売却した唐松(カラマツ)・椴松(トドマツ)・槻(ケヤキ)合わせて220本が、鰍沢・十嶋の番所を通過することを認める通行手形を発行してほしいと石和代官に願い出たもの。
黐手入れにつき乍恐書付ヲ以奉願上候(甲州文庫) 文化14年(1817) 山梨県立博物館   一蓮寺地内町の吉兵衛が、知人の田野村(現甲州市)の八左衛門を介して仕入れていた黐(トリモチ)について、八左衛門が訴えた訴訟が長引き、吉兵衛の手元にあった黐も売買が禁じられた。このまま放置すると黐が腐ってしまうので、手入れだけでもさせてほしいと願い出たもの。
甲府城出土瓦(一部) 江戸時代 山梨県立考古博物館   甲府城で使用されていた瓦。
甲府上水木樋   甲府市水道局   木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。
甲府城跡出土鯱瓦(復元品)   山梨県立考古博物館   創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。
人質曲輪出土桐文様瓦 16世紀

山梨県立考古博物館

  瓦の表面には甲府城を整備した浅野氏が仕えた豊臣氏の家紋がある。
稲荷曲輪出土瓦 17世紀頃 山梨県立考古博物館   瓦の表面には甲府城を整備した浅野氏の家紋である「違い鷹の羽」紋が施されている。
本丸出土花菱紋瓦

18世紀

山梨県立考古博物館   瓦の表面には甲府城主であった柳沢氏の家紋である「花菱」紋が施されている。
輪宝 江戸時代
(17世紀)
山梨県立考古博物館   大地の神を鎮めるおまじないのための道具。


戻る


サイトマップ リンク
ご意見・ご感想 このサイトについて 個人情報保護方針