資料名 |
時代 |
所有 |
指定 |
資料解説 |
| 甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) |
江戸時代 |
(原資料 柳沢文庫) |
|
柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1734)の甲府城下町を描いた絵図。 |
| 『旅硯富士見西行』上・中・下(甲州文庫) |
嘉永3年(1850) |
山梨県立博物館 |
|
万亭応賀(1818-90)による読本。挿絵は一陽斎(歌川)豊国。鎌倉時代の歌人西行が、富士山を見ながら歌を詠む「富士見西行」は、江戸時代を通じてよく知られたモチーフのひとつであった。 |
| 『富士浅間三国一夜物語』上之巻・下之巻(甲州文庫) |
明治22年(1889) |
山梨県立博物館 |
|
曲亭(滝沢)馬琴(1767-1848)による読本。挿絵は尾形月耕。楽人富士と浅間の確執を描いた謡曲『富士太鼓』などを翻案・脚色したもの。 |
| 武田信虎肖像刷物(甲州文庫) |
江戸時代 |
山梨県立博物館 |
|
大泉寺(甲府市)所蔵の重要文化財・武田信廉筆武田信虎像の写し。 |
| 冨士山下宮浅間由緒書上帳(甲州文庫) |
明治元年(1868) |
山梨県立博物館 |
|
富士山下宮浅間神社(現在の小室浅間神社)の由緒書。下宮浅間神社は上吉田・下吉田・松山の3ヵ村の鎮守であった。 |
| 浅尾新田村富士山勧化帳写(甲州文庫) |
天保13年(1842) |
山梨県立博物館 |
|
河口(川口)御師の大梅谷摂津守が、浅尾新田村(現北杜市)の檀家から集めた金銭を書き上げたもの。 |
| 富士山不老草献上一件(甲州文庫) |
天保10年(1839) |
山梨県立博物館 |
|
下谷村の長百姓耕作が、当時谷村代官を務めていた江川太郎左衛門英龍(坦庵)に対し、富士山で採れた「不老草」を将軍徳川家慶に献上したいと申し出たもの。 |
| 富士山御縁年記(甲州文庫) |
江戸時代(19世紀) |
山梨県立博物館 |
|
富士山の成立を説く伝説や、富士山の「御縁年」とされる庚申年とその時の天皇、庚申年の「不限男女」富士山参詣などについて説明したもの。 |
| 富士山之略縁記(甲州文庫) |
江戸時代(19世紀) |
山梨県立博物館 |
|
富士山の成立について、神々の関与を中心に説いたもの。 |
| 北口本宮冨士浅間神社御縁起(甲州文庫) |
大正6年(1917) |
山梨県立博物館 |
|
北口本宮富士浅間神社(富士吉田市)の縁起などをまとめたもの。北口、大鳥居、由緒、祭神などいくつかの項目に分けて説明を加えている。 |
| 富士人穴物語(甲州文庫) |
宝暦12年(1762) |
山梨県立博物館 |
|
仁田忠常による富士山麓の人穴調査をもとにした物語。 |
| 富士の人穴(甲州文庫) |
享和2年(1802) |
山梨県立博物館 |
|
仁田忠常による富士山麓の人穴調査をもとにした物語。 |
| 富士人穴新田四郎物語(甲州文庫) |
弘化3年(1846) |
山梨県立博物館 |
|
新田(仁田)忠常による富士山麓の人穴調査をもとにした物語。 |
| 甲府上水木樋 |
|
甲府市水道局 |
|
木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。 |
| 甲府城跡出土鯱瓦(復元品) |
|
山梨県立考古博物館 |
|
創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。 |
| 稲荷曲輪出土瓦 |
豊臣政権期(16世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦の表面には、甲府城を整備した浅野氏の家紋である「違い鷹の羽紋」がある。 |
| 本丸出土花菱紋瓦 |
江戸時代(17世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦表面には甲府城主であった柳沢氏の家紋である「花菱紋」がある。 |
| 人質曲輪出土桐文様瓦 |
豊臣政権期(16世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
瓦表面には豊臣家の家紋である「桐紋」がある。甲府城を整備した浅野氏は、豊臣家の重臣であった。 |
| 輪宝 |
江戸時代(17世紀) |
山梨県立考古博物館 |
県 |
地鎮(じちん)のための道具。甲府城稲荷櫓跡から出土した。 |