山梨県立博物館 かいじあむ
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9 城下町の賑わい

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
城下町の成り立ちや役割を理解するために、甲府城築城の目的や甲府城下町の都市計画を紹介します。また、城下町で営まれた武家や町人の生活を紹介します。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
甲府城下町絵図(グラフィック 柳沢文庫) 江戸時代 (原資料 柳沢文庫)   柳沢吉保・吉里が治めている頃(1705〜1724)の甲府城下町を描いた絵図。
武田晴信信玄像模本(甲州文庫) 明治5年(1872) 山梨県立博物館   武田信玄の弟であった逍遥軒信連(武田信廉)が描いた信玄の像を、安政4年(1857)に安富元実が模写し、さらにそれを狩野雅信が模写したものという。
武田信虎肖像刷物(甲州文庫) 江戸時代 山梨県立博物館   「県都甲府の500年」で展示する、大泉寺(甲府市)所蔵の重要文化財・武田信廉筆武田信虎像の写し。大泉寺には信虎の墓所があったほか、毎年信玄の命日である4月12日には機山公祭が催され、多くの参詣者を集めた。
武田勝頼肖像刷物(甲州文庫) 江戸時代(19世紀) 山梨県立博物館   「県都甲府の500年」で展示する、法泉寺(甲府市)所蔵の武田勝頼像の写し。法泉寺は文政13年(1830)の勝頼250周忌に際して甲冑姿の勝頼像を作成している。
差上申一札之事(万福寺・恵林寺内済につき)(甲州文庫) 明和7年(1770) 山梨県立博物館   前年に恵林寺で行われた武田信玄の二百回忌の法会において、待遇に不満を持った万福寺が恵林寺を訴え、寺社奉行土岐定経の仲裁により和解したときの史料。
口上覚(信玄公二百五十年遠忌につき、甲州文庫) 文化15年(1818) 山梨県立博物館   恵林寺の前住職であった義堂が、武田信玄二百五十回忌の法要を営むために寄付を募った際の口上を記したもの。
信玄公三百年遠忌化縁簿(甲州文庫) 明治4年(1871) 山梨県立博物館   恵林寺が、翌明治5年4月に開催する予定の武田信玄三百回忌の法要のために寄付を呼びかけたもの。
『富士之人穴之双紙』(頼生文庫) 文化7年(1810) 山梨県立博物館   室町末期に成立した御伽草子の一つで、鎌倉時代の武将・新田忠綱が富士の人穴を探検し、地獄や極楽を体験する物語。
『富士日記』(甲州文庫) 文政6年(1823) 山梨県立博物館   京都の賀茂別雷神社の祠官であり、国学者・歌人でもあった賀茂季鷹(1754-1841)が残した富士詣の日記。
『滑稽富士詣 九』(甲州文庫) 万延元年(1860) 山梨県立博物館   仮名垣魯文(1829-64)作。挿絵は歌川芳虎。御縁年の富士参詣の旅でおこった滑稽話や失敗談を著した挿絵入り版本。
差上申詫一札之事(酒酔い不埒の儀につき詫状、甲州文庫) 嘉永7年(1854) 山梨県立博物館   川合村(現上野原市)の庄助が酒に「熟酔」して同村の修平宅に乗り込み、「不埒之義」を働いたことに対する詫び状。
差出シ申一札之事(山宮祭礼での暴力事件につき詫状、古屋家文書) 明和3年(1766) 山梨県立博物館   3月1日、山宮神社(現笛吹市一宮町)の祭礼において、酒に酔って暴力沙汰を起こした藤井村の伝左衛門が、仲介者の政右衛門らとともに、被害者の大塚村仙左衛門に宛てた詫び状。
差出申一札之事(酒酔いのうえ悪口乱妨につき詫状、渡邊家文書) 文久元年(1861) 山梨県立博物館   6月、幾右衛門・耕助ら兄弟の田植えの手伝いに参加していた新六が、酒に酔って暴れ、幾右衛門に怪我を負わせたことに対する詫び状。
甲府城出土瓦(一部) 江戸時代 山梨県立考古博物館   甲府城で使用されていた瓦。
甲府上水木樋   甲府市水道局   木製の上水管。甲府城下町では全国的にも早い時期に上水網の整備がなされ、先進的な都市づくりが進められていた。
甲府城跡出土鯱瓦(復元品)   山梨県立考古博物館   創建当時の甲府城にあった金箔付きの鯱瓦を復元したもの。
甲府城内指置候武具覚 享保9年(1724)

山梨県立考古博物館

  初代甲府勤番支配の有馬純珍・興津忠閭が、甲府城内にある鉄砲、弓、槍などの数を報告したもの。これによれば、甲府城には鉄砲80挺、弓30張、槍30本に火薬(煙硝)300貫目(約1,125kg)が備蓄されていた。
稲荷曲輪御櫓御蔵御道具員数帳 享保12年(1727) 山梨県立考古博物館   甲府城の武具奉行であった石川兵右衛門・落合長十郎が、甲府城内の稲荷曲輪に設置された備品を書き上げたもの。同心具足200領、槍100筋、鉄砲432挺などが挙げられている。
甲府御城付

江戸時代(19世紀)

山梨県立考古博物館   甲府城に関する記述をまとめたもの。享保9年(1724)の記事が多いが、最も新しい記述は安政6年(1859)の内容である。甲府勤番や城下町に関する多様な記述は、江戸時代の甲府を知るために欠かせない情報である。


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