山梨県立博物館 かいじあむ
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6 甲斐を駆ける武士たち
 
「戦国からのメッセージ」展示室写真 古代山梨の豪族三枝氏や、常陸国から甲斐国に移り住んで牧を基盤に発展し、全国に展開した甲斐源氏の活躍を紹介し、山梨の歴史が山梨内外の人々の活躍と結びつきの中でつくられてきたことを明らかにします。
展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
武田晴信像(複製) 室町時代(16世紀) 山梨県立博物館(原資料:持明院)   高野山における甲斐国の宿坊であった持明院に伝わる武田晴信(信玄)の肖像画。
小桜韋威鎧 兜・大袖付(復元) 山梨県立博物館(原資料 菅田天神社)
原資料
国宝
甲斐源氏の祖源義光が着用したと伝えられ、武田家歴代の家宝として受け継がれてきた楯無鎧の復元品。紋鋲などに鍍金が施されている。
武田晴信書状(5月16日付、千村右衛門尉・山村三郎次郎あて) 天文24年(1555)か 山梨県立博物館   武田晴信(信玄)が信濃国の国衆木曾義康の家臣と考えられる千村右衛門尉・山村三郎次郎にあてて、使者の処遇への配慮を依頼した書状。武田氏が木曾氏との関係を持ち始めた最初期の文書と考えられる。
木馬 江戸時代か 長禅寺蔵   武田信玄の母大井夫人の菩提寺である長禅寺(甲府市)に伝来する馬をかたどった玩具。
関東下知状(複製) 応長元年
(1311)
山梨県立博物館(原資料:大善寺)
原資料
焼失した大善寺の古文書を確認するため、鎌倉幕府が深沢郷(甲州市)の地頭である逸見氏、武田氏、野呂氏に尋問し、執権金沢貞顕が改めて寺の運営を承認した古文書。
『長寛勘文』写本(複製) 江戸時代
(17世紀)
山梨県立博物館(原資料:熊野神社)
原資料
三枝守政による八代荘乱入をめぐって争われた熊野社と甲斐守藤原忠重との裁判に関する勘文(意見書)をまとめたもの。裁判では、熊野社と伊勢神宮の祭神が同体であるかが問題となり、熊野社による八代荘支配が認められ、忠重ほかが処罰された。
銅製経筒及び付属品(複製) 建久8年
(1197)
山梨県立博物館(原資料:個人蔵)
原資料
江戸時代に秋山経塚(南アルプス市)から発見された経筒ほか。源光経一族が施主となり作成したもの。甲斐源氏の秋山光朝の供養のため奉納されたと考えられている。
『甲陽軍鑑』巻四 江戸時代 山梨県立博物館   武田信玄の事績を中心に記した書物のうち、信玄の出家や禅宗への帰依について記された部分。信玄は禅僧岐秀元伯を師として出家し、「法性院機山信玄」の法名を授けられたという。
武田晴信判物(広済寺文書) 天文17年(1548) 山梨県立博物館   武田晴信(信玄)が広済寺(笛吹市)の潤仲和尚に対し、本寺である向嶽寺(甲州市)の住持職を務めるよう命じた文書。潤仲が向嶽寺住持となったことは、「塩山向嶽禅庵小年代記」にも記録がある。
孫子の旗(復元品) 室町時代 山梨県立博物館(原資料:恵林寺)
原資料
武田信玄が戦陣で使用したと伝わる旗。古代中国の兵法書『孫子』の文言が記されており、「風林火山」で知られる。
諏訪神号旗(復元品) 室町時代 山梨県立博物館(原資料:恵林寺)
原資料
武田信玄が戦陣で使用したと伝わる旗。信玄が軍神である諏訪大社(長野県)を崇拝していたことがわかる。


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