山梨県立博物館 かいじあむ
博物館収蔵の資料をデータベースから検索 収蔵資料案内
topに戻る
 
かいじあむとは
活動紹介
利用案内
施設案内
展示案内
交通案内
イベント案内
富士山
お楽しみ資料
キッズミュージアム
教職員の方へ
グループ・団体の皆様へ
展示案内

6 甲斐を駆ける武士たち
 
「甲斐を駆ける武士たち」展示室写真 古代山梨の豪族三枝氏や、常陸国から甲斐国に移り住んで牧を基盤に発展し、全国に展開した甲斐源氏の活躍を紹介し、山梨の歴史が山梨内外の人々の活躍と結びつきの中でつくられてきたことを明らかにします。
展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
小桜韋威鎧 兜・大袖付展示場所変更※展示期間:8月28日まで 平安・鎌倉時代 (原資料 菅田天神社)
原資料
甲斐源氏の祖源義光が着用したと伝えられ、武田家歴代の家宝として受け継がれてきた楯無鎧の復元品。紋鋲などに鍍金が施されている。
関東下知状(複製) 応長元年
(1311)
(原資料 大善寺)
原資料
焼失した大善寺の古文書を確認するため、鎌倉幕府が深沢郷(甲州市)の地頭である逸見氏、武田氏、野呂氏に尋問し、執権金沢貞顕が改めて寺の運営を承認した古文書。
『長寛勘文』写本(複製) 江戸時代
(17世紀)

(原資料 熊野神社)
原資料
三枝守政による八代荘乱入をめぐって争われた熊野社と甲斐守藤原忠重との裁判に関する勘文(意見書)をまとめたもの。裁判では、熊野社と伊勢神宮の祭神が同体であるかが問題となり、熊野社による八代荘支配が認められ、忠重ほかが処罰された。
銅製経筒及び付属品(複製) 建久8年
(1197)
(原資料 個人蔵)
原資料
江戸時代に秋山経塚(南アルプス市)から発見された経筒ほか。源光経一族が施主となり作成したもの。甲斐源氏の秋山光朝の供養のため奉納されたと考えられている。
穴山信君朱印状 天正8年(1580) 個人蔵
駿河江尻(静岡県静岡市)城代穴山信君が橋上(同富士宮市)の彦左衛門らにもじり漁の奉公を行うよう命じた文書。署名には朱印に加えて「江尻」とあり、江尻城代:としての立場で発されたことを示している。
穴山信君判物朱印状 天正8年(1580) 南松院   穴山信君が建忠寺(南部町)に対し、寺中の山林の伐採を禁止し、江尻城で必要になった場合には、信君の印判をもって申し付けることを伝えた文書。信君の江尻領支配が、本領である河内にも影響を与えていたことがわかる。
武田晴信像(複製) 室町時代(16世紀) (原資料持明院)   高野山における甲斐国の宿坊であった持明院に伝わる武田晴信(信玄)の肖像画。
曽我物語図屏風 江戸時代 山梨県立博物館
 
『曽我物語』など、曾我兄弟の仇討ちを題材として描いた屏風。江戸時代前半の絵師岩佐又兵衛(1578〜1650)の画風を伝えており、又兵衛工房周辺において制作されたものと考えられる。右隻は源頼朝が行った富士巻狩の様子を描いており、シカ・イノシシ・ウサギなど、様々な動物が狩猟の対象となっていたことがわかる。
犬追物図説 延享4年(1747) 山梨県立博物館   中世〜近世の武家弓術の作法のひとつであった犬追物の装束や振舞について、挿絵入りで紹介した解説書。犬追物は馬上から犬を射撃する武芸で、江戸時代には加賀美流・小笠原流・武田流などの作法があったいう。
孫子の旗(復元品) 室町時代 (原資料 恵林寺)
原資料
武田信玄が戦陣で使用したと伝わる旗。古代中国の兵法書『孫子』の文言が記されており、「風林火山」で知られる。
諏訪神号旗(復元品) 室町時代 (原資料 恵林寺)
原資料
武田信玄が戦陣で使用したと伝わる旗。信玄が軍神である諏訪大社(長野県)を崇拝していたことがわかる。
 

戻る


サイトマップ リンク
ご意見・ご感想 このサイトについて 個人情報保護方針