山梨県立博物館 かいじあむ
博物館収蔵の資料をデータベースから検索 収蔵資料案内
topに戻る
 
かいじあむとは
活動紹介
利用案内
施設案内
展示案内
交通案内
イベント案内
富士山
お楽しみ資料
キッズミュージアム
教職員の方へ
グループ・団体の皆様へ
展示案内

13 江戸文化の往来
 

「江戸文化の往来」展示室写真 甲斐は江戸に近く、物流や人々の往来が活発で、常に最新の江戸文化が流入しました。往来した人々による記録、甲斐に残された書画、学問や文芸などを紹介し、武士や町人がそれらを育み、甲斐に花開かせていった様子を明らかにします。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
大日本名将鑑 武田大膳太夫晴信入道信玄 明治11年
(1878)
山梨県立博物館   「大日本名将鑑」は月岡芳年による揃物で、神話時代から徳川までの日本の歴史に登場する人物を取り上げている。本図は武田軍による野田城攻撃の際、信玄が銃撃されたという逸話がもとになっている。 
長篠合戦  山縣三郎兵衛討死之圖 慶応4年
(1868)
山梨県立博物館   本作は、天正3年(1575)に勃発した武田勝頼と織田信長軍との戦いである長篠合戦の様子が描かれている。激しい戦闘シーンが繰り広げられるが、こうした合戦図は作者の芳年の師匠であった国芳も得意とするところであった。
勝沼駅近藤勇驍勇之図 明治13年
(1880)
山梨県立博物館   柏尾の戦いの様子を描いた錦絵。近藤勇ら新撰組等からなる甲陽鎮撫隊は、江戸防衛のために要地・甲府の確保を目指して江戸からやってきたが、慶応4年(1868)3月、すでに甲府城を占領した新政府軍と勝沼の大善寺付近で衝突し(柏尾の戦い)、圧倒的に数的不利な近藤らは敗走した。
皇国一新見聞誌 甲州勝沼の戦争図 明治9年
(1876)
山梨県立博物館   戊辰戦争の際にくりひろげられた柏尾山合戦の様子を描いたもの。細部に西洋風の描写が用いられるなどしている。
月下帰漁図 近代 山梨県立博物館   作者の山田敬中は、初め浮世絵師の月岡芳年に入門、のちに川端玉章に師事した。日本美術院創立に参加し正員となったほか、川端画学校教授、石川県立工業学校教頭などもつとめている。風景画を主に描いた日本画家。
甲斐猿橋図 明治時代 山梨県立博物館   富岡鉄斎は京都の人で、広く学問や絵を学び、近代南画の重鎮として知られた。本作は鉄斎独特の筆墨技法で描かれた名勝猿橋(大月市)で、「大木氏のために」と言葉が添えられている。
身延山詣之図 安政2年
(1855)
山梨県立博物館   三代歌川豊国による錦絵で、身延詣でをする役者の姿が描かれている。江戸時代、身延山へ参詣する「身延詣」が盛んになったが、その背景として木版摺りの参詣案内や参詣絵図が作成されたことが挙げられる。
真木村絵図 文化3年
(1806)
都留市
『甲斐国志』編纂の際に提出された真木村(現大月市)の絵図(都留市指定文化財)。甲州道中の花咲宿と初狩宿のほぼ中間に位置し、村の中央部を真木川が流れ、南に笹子川と甲州道中が平行する。村内には18の寺社が描かれており、集落がこれら寺社の門前のように形成されている。
甲斐国志(甲州文庫) 江戸時代 山梨県立博物館
江戸時代の「山梨県史」。幕府より全国に国史の編纂が命じられ、甲斐国は甲府勤番支配の松平定能と、内藤・森嶋・村松の地元の学者によって進められ、11年後の文化11年(1814)に完成し幕府に献上された。その写し。



戻る


サイトマップ リンク
ご意見・ご感想 このサイトについて 個人情報保護方針