山梨県立博物館 かいじあむ
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13 江戸文化の往来

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 甲斐は江戸に近く、物流や人々の往来が活発で、常に最新の江戸文化が流入しました。往来した人々による記録、甲斐に残された書画、学問や文芸などを紹介し、武士や町人がそれらを育み、甲斐に花開かせていった様子を明らかにします。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
山梨県甲府勧業場之図(甲州文庫)
(10月19日(水曜)〜11月22日(月曜))
明治7年
(1874)頃
山梨県立博物館   幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師、二代歌川国輝による大判錦絵5枚続の作品。明治7年(1874)、甲府錦町(現在の古名家ホテル付近)に完成した勧業製糸場を描いている。水車を動力とした洋風でモダンな工場の様子がよくわかる。作者の二代国輝は開化絵で知られており、「上州富岡製糸場」などの作品でも知られている。
諸国名所之内甲州猿橋遠景(甲州文庫)
(11月24日(水曜)〜12月13日(月曜))
明治13年
(1880)
山梨県立博物館   明治13年(1880)、明治天皇は甲州・東海道へ巡幸するが、その際に甲州街道の名勝である猿橋付近を進む一行を描いた作品。演出等はあるものの、馬車も問題なく通行できる山梨の進んだ道路事情を表している。作者の三代歌川広重は開化絵などで有名である。
大日本物産図会 甲斐国葡萄培養図
(11月24日(水曜)〜12月13日(月曜))
明治10年
(1877)
山梨県立博物館   三代歌川広重による「大日本物産図会」シリーズ中の1枚。100枚以上描かれた本作は、開化期の国内各地の産業、特産品を題材としており、山梨県は葡萄栽培の様子を描いた本図と、枯露柿を作る様子が描いた「甲斐国白柿製之図」が作られている。第1回内国勧業博覧会に際して制作された。
大日本物産図会 甲斐国白柿製之図
(11月24日(水曜)〜12月13日(月曜))
明治10年
(1877)
山梨県立博物館   日本各地の産業や特産品が描かれた「大日本物産図会」中の1点。実る柿の実と、枯露柿を作るために柿の皮をむく女性とが描かれており、簡単な製造法についての説明が加えられている。
勧業製糸場七言絶句(甲州文庫) 明治10年
(1877)
山梨県立博物館   勧業製糸場に関する漢詩文が上部に、その下に製糸場で働く工女の姿が描かれた作品。漢詩は幕末・明治時代の外務官僚である田辺太一が記している。田辺は甲府徽典館の教授をへて外国方に属し、2度訪欧。明治4年(1871)には岩倉遣外使節に随行している。
真下晩菘書(甲州文庫) 明治時代 山梨県立博物館   真下晩菘は、江戸時代後期の幕臣・明治時代初期の教育家。甲斐国に生まれ、江戸で旗本に仕えた後は、石和代官所・谷村代官所の手代として務めた。幕臣真下家の家禄を購入した後は、陸軍奉行並支配などを務め、明治維新後は横浜で私塾「融貫塾」を開いている。
杉浦譲書(甲州文庫) 明治時代 山梨県立博物館   杉浦譲は、江戸時代後期の幕臣・明治時代の官僚である。甲府勤番の家に生まれた杉浦譲は、郵便制度の確立につとめ明治4年(1871)に近代郵便事業を開始したことで知られる。なお、本書に記された「温斎」は杉浦の号である。
穴切神祠碑拓本 不明 個人蔵   穴切大神社(甲府市宝)境内にある、「穴切神祠碑」の拓本。碑は、神社の由来にまつわる「湖水伝説」を後世に残そうと、地元有力者の依頼を受け、神社の氏子であった杉浦が碑文を考え建立された。
下和田村絵図 文化3年
(1806)
都留市蔵 『甲斐国志』編纂の際に提出された下和田村(大月市)の絵図。下和田村は、葛野川と桂川の合流点近く、葛野川の左岸に位置している。絵図から多くの寺社が描き込まれていることがわかるが、画面中央近くにある花井寺には、安貞2年(1228)から書写された紙本墨書大般若経を所蔵しており、山梨県の有形文化財に指定されている。


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