山梨県立博物館 かいじあむ
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13 江戸文化の往来

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 甲斐は江戸に近く、物流や人々の往来が活発で、常に最新の江戸文化が流入しました。往来した人々による記録、甲斐に残された書画、学問や文芸などを紹介し、武士や町人がそれらを育み、甲斐に花開かせていった様子を明らかにします。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
隷書七絶詩屏風 江戸時代〜明治時代 山梨県立博物館   作者の今村了庵(1814〜1890)は幕末・明治の医師。山梨出身の尊王家、山県大弐の孫として知られる。本作は、甲州街道を多摩川から甲府に至る途中の六景を題材としたもの。大木家に逗留した際に制作されたと考えられており、他にも多くの作品が遺されている。
三国第一冨士山禅定図(小林氏収集資料) 江戸時代 山梨県立博物館   本図は、駿河国の表口からの登山道が示されており、富士登拝を目指す人々は、こうした登山案内図をもとに、富士登山をしたものと考えられる。なお、「三国第一富士山禅定之図」は定型化されており、同題目で本図と同様の一連の版画が作り出されている。
駿河国冨士山絵図(小林氏収集資料) 江戸時代 山梨県立博物館   駿河国の村山口からの登山道を示す絵図。左下に「富士山別当表口村山興法寺三坊蔵板」とあることから、村山口・村山興法寺の三坊(辻之坊、池西坊、大鏡坊)の修験者によって作られたことがわかる。
白絲瀧図(小林氏収集資料) 江戸時代 山梨県立博物館   白糸の滝は、静岡県富士宮市にある滝で、富士登拝に向かう人々の巡礼・修行の場であった。本作は、上部に白糸の滝に関する歌が、下部には長沢芦雪の弟子である長沢芦洲が、白糸の滝を繊細な筆遣いで描き出している。
頼朝公冨士之御狩ノ図(歌川芳員筆)
(展示期間 6月24日〜7月27日)
安政6年
(1859)
山梨県立博物館   富士の巻狩の内、仁田忠常による大猪狩がメインで描かれた大判錦絵3枚続の作品。作者の歌川芳員は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師で、本作は武者絵を得意とした、師である国芳譲りの作品といえる。
浮絵冨士裾野牧狩之図(歌川豊国筆)
(展示期間 7月29日〜8月24日)
江戸時代 山梨県立博物館   初代歌川豊国による大判錦絵。建久4年(1193)5月に、源頼朝が富士の裾野で行った大規模な巻狩の様子が表されている。
新形三十六怪撰 仁田忠常洞中に奇異を見る図(月岡芳年筆)
(展示期間 7月29日〜8月24日)
明治23年
(1890)
山梨県立博物館   月岡芳年は幕末から明治にかけて人気を博した浮世絵師。「新形三十六怪撰」とは、妖怪や幽霊の登場する故事や伝説を題材とした芳年の揃物錦絵。全36点からなる本シリーズの内、本作は仁田忠常が、二代将軍頼家の命により、富士山麓の洞窟を探る様子が描き出されている。
月百姿 武田信玄(石川博氏収集資料)(月岡芳年筆)
(展示期間 6月24日〜7月27日)
明治19年
(1886)
山梨県立博物館   作者の芳年は幕末から明治にかけて人気を博した浮世絵師。「月百姿」は、芳年が晩年に手掛けた100枚からなる揃物で、月にちなんだ和漢の物語等が題材となっている。本作には、三保の松原から富士山を臨む武田信玄の姿があらわされている。
月百姿 武田信玄(月岡芳年筆)
(展示期間 7月29日〜8月24日)
明治19年
(1886)
山梨県立博物館   作者の芳年は幕末から明治にかけて人気を博した浮世絵師。「月百姿」は、芳年が晩年に手掛けた100枚からなる揃物で、月にちなんだ和漢の物語等が題材となっている。本作には、三保の松原から富士山を臨む武田信玄の姿があらわされている。
百富士 東海道(甲州文庫) 明和4年
(1767)
山梨県立博物館   河村岷雪が、各地から見た富士を百図描き、俳句を沿えた版本。1冊目は「江府中」、2冊目は「裏富二 武州 甲州 駿洲」、3冊目は「東海道」、4冊目は「諸州名勝地」となっており、5冊目は「餘興」で俳句集という構成である。
百富士 諸州名勝地(甲州文庫) 明和4年
(1767)
山梨県立博物館   河村岷雪が、各地から見た富士を百図描き、俳句を沿えた版本。1冊目は「江府中」、2冊目は「裏富二 武州 甲州 駿洲」、3冊目は「東海道」、4冊目は「諸州名勝地」となっており、5冊目は「餘興」で俳句集という構成である。
千円札 令和6年
(2024)
山梨県立博物館   2024年(令和6)7月3日に改刷された3券種のうち、AA000009AAの若い記番号が振られた千円札。表面には北里柴三郎が、裏面は浮世絵師、葛飾北斎による「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」をもとに、デザインがなされている。
松山村絵図 文化3年
(1806)
都留市蔵
『甲斐国志』編纂の際に提出され松山村(現富士吉田市)の絵図。上部に三峰の富士さんが大きく描かれ、図の右側・西から北にかけては丸尾(富士山の溶岩流)が描かれている。
甲斐国志写本 江戸時代(19世紀) 山梨県立博物館   全123巻。幕府献上本は、71冊に仕立てられた。項目は、「提要(概要)、国法、村里、山川、古跡、神社、仏寺、人物、士庶(武士と庶民)、古記、古物、土産、製品」と、多岐にわたる。


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