山梨県立博物館 かいじあむ
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13 江戸文化の往来
 

「江戸文化の往来」展示室写真 甲斐は江戸に近く、物流や人々の往来が活発で、常に最新の江戸文化が流入しました。往来した人々による記録、甲斐に残された書画、学問や文芸などを紹介し、武士や町人がそれらを育み、甲斐に花開かせていった様子を明らかにします。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
唐獅子図
(6月21日(水)〜8月1日(火))
江戸時代
前期
山梨県立博物館
 
水墨で簡潔に獅子の姿が表されている作品。とりわけ桃山時代を中心に、獅子を装飾化、図案化し絵画作品をしてしたてたものがみられるようになった。なお、落款に見られる永真は、狩野派の絵師、狩野安信(1614〜84)の号である。
老松叭哥鳥図
(6月21日(水)〜8月1日(火))
江戸時代
前期
山梨県立博物館
 
江戸中期の狩野派の筆による、余白と墨の微妙な濃淡によってあらわされた落ち着いた作品でり、近世狩野派の装飾的で簡潔な画風により明るく柔和な表現となっている。なお、叭哥鳥は中国の椋鳥科の鳥で、舌を切ると人や他の鳥の声をまねるというが、その名は飛翔する時に翼の白い模様がGの字に見えることに由来するという。
蓮鷺図
(6月21日(水)〜8月1日(火))
慶応3年
(1867)
山梨県立博物館
 
作者の日根対山(1811〜69)は大阪の人で、はじめ土佐派を学び、儒者貫名海屋を知って南画を志した。詩書に秀で、幕末の関西で活躍した。三枝雲岱や中丸精十郎、野口小蘋ら山梨ゆかりの画家もその門人であったが、対山は海屋を通じて甲府の野口正忠と知り合ったといい、山梨の画家との関わりもこれを背景として生じたと伝えられる。
寿老人鷹図
(6月21日(水)〜8月1日(火))
江戸時代
後期
山梨県立博物館
 
寿老人は七福神の一人で長寿を授ける神であり、鹿を伴った姿で描かれることが多い。本作は寿老人図と梅にとまる鷹、及び雪中でおそらく松の木で羽を休める鷹とともに、三幅対を構成している。なお、作者の狩野守行(甲川)についての詳細はわかっていない。
花鳥図
(8月2日(水)〜9月11日(月))
慶応4年
(1868)
山梨県立博物館   椿椿山(1801〜54)は江戸時代末期の画家。幕府槍組同心で、絵を金子金陵、後に谷文晁門下の渡辺華山に師事し、花鳥画や肖像画を得意とした。淡い色彩で描かれた本作も、その特色を反映するものである。椿山は『甲斐名勝志』の挿絵制作のために甲州を訪れたと言われている。
猿猴図
(8月2日(水)〜9月11日(月))
明治時代以降 山梨県立博物館   作者の望月金鳳(1846〜1915)は、大阪出身の画家で、明治時代に活躍した。北海道庁に勤めた経験があり、明治23年に東京に出てから画業に専念したという。花鳥や動物を能くし、とりわけ狸を描くことに秀でる。本作に描かれた猿はつぶらな瞳が愛らしく、どこか儚げな印象すら与えている。
桜小禽図
(8月2日(水)〜9月11日(月))
江戸〜明治時代以降 山梨県立博物館   本作を描いた山本琴嶺は江戸に生まれ、佐竹永邨に学んだとされる絵師。本作には水墨で控えめに桜と鳥が表されているが、おそらく鳥はカササギであろう。全体的にしっとりとして落ち着いた面持ちを呈している。
伽話カチカチ山図
(8月2日(水)〜9月11日(月))
明治時代以降 山梨県立博物館   尾形月耕(1859〜1920)は明治から大正にかけて活躍した日本画家。独学で絵を学び、輸出用七宝焼の下絵等を描いた他、新聞の挿絵でも活躍した。本作は昔話の「かちかち山」が題材となっており、うさぎが狸の背負った薪に火をつけた場面が描かれている。
青梅小禽図
8月2日(水)〜9月11日(月))
明治時代以降 山梨県立博物館   青梅は、まだ熟していない青くて硬い状態の梅の実のこと。本作では、シンプルな色使いで表された梅の実の合間に、可愛らしい雀の姿を確認することができる。なお、村松雲外は明治時代に活躍した日本画家。滋賀県生まれで森寛斎に師事していた。
強瀬村
(6月21日(水)〜8月21日(月))
文化3年
(1806)
都留市   ◇ 『甲斐国志』編纂の際に提出された強瀬村(現大月市)の絵図(都留市指定文化財)。村名の由来は明らかになっていないが、桂川の強流に由来するとされている。道筋がかなりくわしく記されているが、道のほとんど現在も使われている。また、建物を大小様々に表しているのも本絵図の特徴で、安楽時、全福寺などの社寺が目につく。
大石村
(8月22日(火)〜10月16日(月)
文化3年
(1806)
都留市
『甲斐国志』編纂の際に提出された大石村(現富士河口湖町)の絵図(都留市指定文化財)。土地の大部分が山地であるが、本絵図では平地を大きく描き、山名の記入も少ない。絵図中最も高い山は西北の十二ケ嶽で、その形から別名鋸山ともいわれている。なお、下方に弁天が祀られていた鵜の島が描かれていたことが推測される。
甲斐国志(甲州文庫) 江戸時代 山梨県立博物館
江戸時代の「山梨県史」。幕府より全国に国史の編纂が命じられ、甲斐国は甲府勤番支配の松平定能と、内藤・森嶋・村松の地元の学者によって進められ、11年後の文化11年(1814)に完成し幕府に献上された。その写し。



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