山梨県立博物館 かいじあむ
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14 転換期に向き合う

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 近世から近代への大きな転換期の中で発生したさまざまな騒動について、その発生から集結に至るまでの社会的・政治的背景を紹介します。また、騒動をとおして社会の変化や山梨の地域的特性などの問題を明らかにします。

展示資料
 
資料名
時代
所有
指定
資料解説
天保十五年天保暦(古屋家資料) 天保14年(1843) 山梨県立博物館   幕府天文方の高橋景保と、その弟で同じく天文方であった渋川景佑は、1836(天保7)年、『新巧暦書』と『新修五星法』を完成させ、幕府に献上した。これをうけて幕府は改暦を指示し、1844(天保15)年から天保暦として施行された。天保暦は現在の太陽暦(グレゴリオ暦)よりも実際の太陽の運行との誤差が少なく、江戸時代の暦法の最終形態として位置づけられる。
改暦の詔書并太政官達につき町触(甲州文庫) 明治5年(1872) 山梨県立博物館   1872(明治5)年11月9日の太陽暦の導入を命じる改暦の詔書と、それを伝達する太政官の達書が、甲府の城下町に回覧されたときの資料。明治5年12月3日を明治6年1月1日とする旨の命令が、甲府町年寄から各町に伝達されたのは11月20日のことであった。
明治6年の太陽暦と太陰暦 明治5・6年
(1872・73)
山梨県立博物館   明治6年の暦は、改暦の決定以前に天保暦をもとに作成されたものが残されている。この年は閏6月が予定されており、1年は384日とされた。そして改暦決定後に太陽暦をもとに作られた暦は、1年=365日の日付と曜日が示されている。ただし日付や月の運行、二十四節気など、天保暦(旧暦、太陰太陽暦)の情報も併記されている。
甲州勝沼駅ニ於テ近藤勇驍勇之図(複製) 原本
慶応4年
(1868)
山梨県立博物館   月岡芳年による浮世絵。慶応4年、板垣退助らの新政府軍と近藤勇らの幕府軍が柏尾(甲州市)で衝突した勝沼の戦い(柏尾の戦い)の様子を描く。
天保騒動絵図(複製) 原本
江戸時代
山梨県立博物館   天保7年(1836)8月に発生した天保郡内騒動の進行のようすを描いた絵図。
近世侠客有名鑑(複製) 原本
明治時代
山梨県立博物館   明治時代中頃の関東の侠客について、相撲の番付の形式をとり、ランキング形式で示したもの。甲斐国からは、著名な黒駒勝蔵のほか、武井安五郎、身延半五郎、祐天仙之助などの名前が見える。


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