山梨県立博物館 かいじあむ
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14 転換期に向き合う

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 近世から近代への大きな転換期の中で発生したさまざまな騒動について、その発生から集結に至るまでの社会的・政治的背景を紹介します。また、騒動をとおして社会の変化や山梨の地域的特性などの問題を明らかにします。

展示資料
 
資料名
時代
所有
指定
資料解説
谷戸村御用留(甲州文庫) 明治元年(1868) 山梨県立博物館   谷戸村(現北杜市)に伝えられた命令書の写し。展示箇所は慶応4年8月に発足した甲府県の通達を写した部分で、「甲斐国府中廨県令印」という黒印が印文ごと写されている。この甲府県は同年11月には甲斐府に編入されたため、関係資料は極めて少ない。
大嘗祭・豊明節会執行につき達(甲州文庫) 明治4年(1871) 山梨県立博物館   大嘗祭と豊明節会が執行されるので、各地の神社で相応の神事を行うようにという太政官の命令を、甲府県が町年寄に通達したもの。大嘗祭は天皇の代始めの儀式で、豊明節会は大嘗祭の後に行われる宴会。
置県布告(甲州文庫) 明治4年(1871) 山梨県立博物館   明治4年11月20日、当時の政府である太政官が、北陸道の諸国と、飛騨・信濃・甲斐国をそれぞれ県に改めると通知したもの。当時、甲斐国には甲府県が置かれていたが、ここではその県を廃止して新たに山梨県を置くと知らせている。
御公達記(甲州文庫) 明治4年(1871) 山梨県立博物館   穴切神社(穴切大神社、甲府市)に伝えられた命令書の写し。展示箇所は明治4年11月から12月にかけてのところで、ちょうど甲府県から山梨県に移行する時期の記述である。ただしここでは、11月28日まで甲府県という呼称が使われており、12月16日に山梨県という呼称が現れる。
『滑稽富士詣三』(甲州文庫) 万延元年
(1860)
山梨県立博物館   作者は仮名垣魯文、絵は歌川芳虎。全10篇20冊からなるうちの第三巻を展示している。御縁年の富士参詣の旅道中の話を面白おかしく書いた版本。御縁年に富士参詣客が増えることを見越して刊行された。女性登山客二人が男性登山客三人に囲まれながら登山している様子が描かれている。60年に一度の庚申年は例外として女性の入山が三合目まで許された。ただし、それまでの女人の入山は厳しく禁止されていた。
甲州勝沼駅ニ於テ近藤勇驍勇之図(複製) 原本 慶応4年(1868) 山梨県立博物館   月岡芳年による浮世絵。慶応4年、板垣退助らの新政府軍と近藤勇らの幕府軍が柏尾(甲州市)で衝突した勝沼の戦い(柏尾の戦い)の様子を描く。
天保騒動絵図(複製) 原本 江戸時代 山梨県立博物館   天保7年(1836)8月に発生した天保郡内騒動の進行のようすを描いた絵図。
近世侠客有名鑑(複製) 原本 明治時代 山梨県立博物館   明治時代中頃の関東の侠客について、相撲の番付の形式をとり、ランキング形式で示したもの。甲斐国からは、著名な黒駒勝蔵のほか、武井安五郎、身延半五郎、祐天仙之助などの名前が見える。


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