山梨県立博物館 かいじあむ
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14 転換期に向き合う

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 近世から近代への大きな転換期の中で発生したさまざまな騒動について、その発生から集結に至るまでの社会的・政治的背景を紹介します。また、騒動をとおして社会の変化や山梨の地域的特性などの問題を明らかにします。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
以書上御届奉申上候(甲府屋敷引き払いなどにつき、太田家文書) 慶応4年(1868) 山梨県立博物館   御崎神社(表門神社、現市川三郷町)の神主の娘で甲府勤番組頭の妻となっていた女性が、江戸から戻る途中、3月6日に勝沼宿で甲府の屋敷を引き払ったとの知らせを受け取ったことなどを記したもの。柏尾の戦い当日にその近辺にいた人物の動向を示す資料。
覚(柏尾の戦いにおける土佐藩兵の分捕品につき、太田家文書) 慶応4年(1868) 山梨県立博物館   土佐藩軍が家老の板垣退助に対し、幕府軍の鎮撫隊から分捕った品物を報告した書状。大砲や長持などに並んで記された高張提灯・手提灯には、「山丸誠」の印があったと絵入りで紹介しており、鎮撫隊に新撰組の面々が参加していたことをうかがわせる。
砲弾 江戸時代(19世紀) 山梨県立博物館   柏尾の戦いに際し、幕府軍が新政府軍に打ち込んだ不発弾であるという。1859年にフランスで開発された野戦砲「四斤山砲」の砲弾と同形である。日本では慶応2年(1866)の第二次長州征討に際して幕府陸軍が使用したことが知られており、明治に至るまで陸軍の主力装備の1つであった。
板垣退助写真(大木家文書) 近代 山梨県立博物館   慶応4年(1868)頃の板垣退助の写真を印刷したもの。のちに自由民権運動の旗手としてその中心に立つ板垣の、30代初めころの画像である。
御官軍御宿割控(甲州文庫) 慶応4年(1868) 山梨県立博物館   柏尾の戦いで幕府軍を破った新政府軍が、武蔵八王子周辺の宿所に分散して宿をとった際の宿帳の控え。土佐・鳥取両藩兵を中心とする東山道軍は、こののち3月13日に板橋に到達し、東海道軍と合流して江戸城総攻撃の準備を進めることになる。


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