山梨県立博物館 かいじあむ
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14 転換期に向き合う

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 近世から近代への大きな転換期の中で発生したさまざまな騒動について、その発生から集結に至るまでの社会的・政治的背景を紹介します。また、騒動をとおして社会の変化や山梨の地域的特性などの問題を明らかにします。

展示資料
※色付きは2019年度博物館実習生による展示
資料名
時代
所有
指定
資料解説
「八代郡夏目原村河野氏天保四年日記」(竜王村文書その他) 天保4年(1833) 山梨県立博物館   八代郡夏目原村の村役人による日記。天保騒動の原因である飢饉は天保4年の冷夏からはじまった。5月6月と雨が降り続いたことで米価が高騰し、8月には米の買い付けを行う商人が現れはじめる。日記によれば、甲州金2分で買える米の量が、8月13日には3斗、翌日には2斗7升5合、19日には2斗6升というように減少している。このことから、米価が短期間で上昇していることがうかがえる。
『天保騒動瓦版』(甲州文庫) 天保7年(1836) 山梨県立博物館   天保7年8月に郡内地方で発生した天保騒動の様子を伝える瓦版。米価高騰により、難渋していた百姓が質、酒屋、米屋などへ押し入り、数々の打ちこわしをおこなった。この騒動の鎮圧には信州高島藩から500人が動員され、百姓28名が切り捨てられた。瓦版には、百姓が鎮圧部隊を恐れ四方八方に逃げたことが記されている。この約7日間の騒動では300軒余りの家が被害をうけた。
「水府公献策」 安政元年(1854)写 個人   1838(天保9)年に元水戸藩主の徳川斉昭が12代将軍の徳川家慶に対し幕政の改革を求めて書いた意見書『戊戌封事』の書写本。内憂外患(国内的・国外的危機)が迫りつつあると述べ、これらについて論じる。内憂の例として天保騒動や大塩平八郎の乱を挙げ、庶民が幕府を怨み、恐れないために起こったと主張する。また深刻な状況下で対策をとらない幕府を厳しく非難し、幕政改革の断行を進言した。これはその後の天保の改革に影響を与えることになる。
甲州勝沼駅ニ於テ近藤勇驍勇之図(複製) 原本 慶応4年(1868) 山梨県立博物館   月岡芳年による浮世絵。慶応4年、板垣退助らの新政府軍と近藤勇らの幕府軍が柏尾(甲州市)で衝突した勝沼の戦い(柏尾の戦い)の様子を描く。
天保騒動絵図(複製) 原本 江戸時代 山梨県立博物館   天保7年(1836)8月に発生した天保郡内騒動の進行のようすを描いた絵図。
近世侠客有名鑑(複製) 原本 明治時代 山梨県立博物館   明治時代中頃の関東の侠客について、相撲の番付の形式をとり、ランキング形式で示したもの。甲斐国からは、著名な黒駒勝蔵のほか、武井安五郎、身延半五郎、祐天仙之助などの名前が見える。


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