山梨県立博物館 かいじあむ
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10 山に生きる

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真 山村のくらしを理解するために、山村にくらす人々が山の資源を利用して多様な生業を営み、山の生産物の流通を通して里や城下町と交流していたことを紹介します。
展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
焼畑衣装(再現品) 昭和時代 山梨県立博物館
  
1950年代頃、奈良田(早川町)で焼畑を行う際に着用していた仕事着の再現品。
枡・焼き鏝(やきこて) 明治以降 山梨県立博物館   奈良田(早川町)でかつて行われた焼畑に使用された枡と道具にイエジルシを付ける焼き鏝(深沢家資料)
市川大門村御運上紙入札書式(甲州文庫) 寛文9年
(1669)
山梨県立博物館
 
市川大門村(市川三郷町)から納められた運上紙を払い下げるための入札の際に用いられた書類。紙の種類ごとに金額を記入する書式になっており、市川大門で生産していた紙の種類を知ることができる。
大鋸 昭和時代 山梨県立博物館
 
材木を伐採するために使用した鋸。
下芦川村産物取調帳  (太田家文書) 明治6年
(1873)
山梨県立博物館
下芦川村(市川三郷町)における産物を書き上げた書類。米の生産はわずかで、麦・豆・稗・粟・黍などの雑穀が中心であった。また清太夫芋(ジャガイモ)や蒟蒻なども栽培していたことが記されている。清太夫芋は、甲斐国の代官を務めた中井清太夫が栽培を導入したと伝えられる。後には「甲州芋」とも呼ばれ、ジャガイモの産地として知られるようになった。
料理物語 慶安2年
(1649)
山梨県立博物館   江戸時代前期の料理書。獣肉の項目があり、シカ、タヌキ、カワウソ、クマ、イヌを使った献立が紹介されている。日本では文明開化で洋食が広がるまで肉食が忌避されていたといわれるが、実際には「薬喰(くすりぐい)」と称して、滋養のために食されていた。
鉱山開拓等につき達(甲州文庫) 明治時代 山梨県立博物館   明治政府が、鉱山経営のために諸官府藩県に対し鉱山の産出高を鉱山司に報告することなどを命じたもの。明治初期には維新を理由に様々な名義で鉱山から金銭を取り立てる集団が存在し、政府が取り締まっていたことがわかる。
鉱山稼方心得につき達(甲州文庫) 明治5年
(1872)
山梨県立博物館
山梨県が県内の採掘中・未開拓の鉱山の所在を報告するように各区戸長に命じたもの。山梨県が、明治維新を機に、県内の鉱山・鉱脈を把握しようとしていた様子がうかがえる。
甲州金(一分金)
(甲州文庫)
江戸時代 山梨県立博物館
 
戦国時代以来、金山が多数存在した甲斐国で独自に流通していた甲州金と呼ばれる貨幣。
林業の道具を象った小正月のツクリモノ 現代 山梨県立博物館
 
南都留郡道志村の林業を営む家で、毎年小正月に、仕事が順調なことを祈願して作られる飾りもの。大鋸など林業の道具が象られている。


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