山梨県立博物館 かいじあむ
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10 山に生きる

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真 山村のくらしを理解するために、山村にくらす人々が山の資源を利用して多様な生業を営み、山の生産物の流通を通して里や城下町と交流していたことを紹介します。

展示資料
※新型コロナウイルス感染拡大防止のためご観覧いただけない資料を、色付きで示しております

資料名
時代
所有
指定
資料解説
焼畑衣装(再現品) 昭和時代 山梨県立博物館
  
1950年代頃、奈良田(早川町)で焼畑を行う際に着用していた仕事着の再現品。
枡・焼き鏝(やきこて) 明治以降 山梨県立博物館   奈良田(早川町)でかつて行われた焼畑に使用された枡と道具にイエジルシを付ける焼き鏝(深沢家資料)
大鋸 昭和時代 山梨県立博物館
 
材木を伐採するために使用した鋸。
猪・鹿防ぎにつき差出シ申請負証文之事(甲州文庫) 安永9年(1780) 山梨県立博物館   上黒駒村(現笛吹市)の縫右衛門が、村に対して「猪鹿ふせぎ」を請け負い、報酬の甲金1両2分のうち1分を手付金として受け取るとしたもの。猪も鹿も、農村にとっては農作物を荒らす害獣であり、鉄砲や落とし穴などを用いて追い払ったり駆除したりする必要があった。
差上申鉄炮証文之事(甲州文庫) 弘化3年(1846) 山梨県立博物館

  

吉田村(現南アルプス市)の名主宗蔵らが、市川代官所に対して、猪や鹿を追い払うため鉄砲1丁を借用したときの書類。江戸時代、幕府の支配の拠点であった代官陣屋には、非常用として多くの武具や甲冑が備え付けられていた。それらの一部は平時には村に貸し出され、害獣対策に用いられることもあった。
富士山裾野入会場無断伐木につき差出申一札之事(甲州文庫) 慶応2年
(1866)
山梨県立博物館
浅川村の六左衛門らが、勝山村の神主小佐野越後守を仲介して、村役人に対して提出した詫び証文。ここで六左衛門らは、唐桧などの四つの種類の木を切る権利を有していたが、その他に梅の木までも切ってしまったことで、舟津村ほか六ヶ村に訴えられた。そこで六左衛門は六ヶ村の村役人に詫びを入れることになったが、その日程をめぐってさらにトラブルになったため、仲介者を入れて詫び証文を差し出した。
上郷富士山裾野入会出入一件御裁許状(渡邉家文書) 元文元年
(1736)
山梨県立博物館
富士山北麓の上吉田・下吉田・新倉・大明見・小明見・忍草の六ヶ村と、山中・平野・長池・新屋・松山五ヶ村が争った山論の裁許の写し。ここで問題になったのは、笹板(屋根に用いる板)や巣鷹など、山年貢として幕府に納入するものの有無であり、山中村側の主張が度々変わったことなどを理由に、上吉田村側に有利な裁定が下された。
甲州金(一分金)
(甲州文庫)
江戸時代 山梨県立博物館
 
戦国時代以来、金山が多数存在した甲斐国で独自に流通していた甲州金と呼ばれる貨幣。
林業の道具を象った小正月のツクリモノ 現代 山梨県立博物館
 
南都留郡道志村の林業を営む家で、毎年小正月に、仕事が順調なことを祈願して作られる飾りもの。大鋸など林業の道具が象られている。


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