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甲州道中細見記
現在、山梨県立博物館がある石和に関しては次の宿場である甲府までの距離が1里19丁(約6.0q)だったことや、笛吹川の渡り方について11月から4月までは橋で、夏は舟で渡っていたことが記載されている。
「水に取り組む」に展示中
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古府中絵図
江戸時代における古府中村を中心に描いたものだが、村の現況を描いたものではなく、武田氏時代の城下町を復元的に描くことを試みたものである。跋文によれば、安政5年(1858)に近隣の古老らが集まって武田氏家臣の名を冠した地名をもとに、家臣の屋敷地等を示したものであるという。
「甲斐を駆ける武士たち」に展示中
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北条氏忠過所(渋江家文書)
戦国大名北条氏の一門である北条氏忠が、河口御師浄坊(上坊)の武蔵国への旦那廻りにあたり、安下通(現在の陣馬街道)の関所の通行を認めた文書。武田氏滅亡と織田信長死去の後、北条氏が甲斐国への進出を始めた際に、氏忠は一軍を率いて都留郡に入っていた。
「戦国からのメッセージ」に展示中
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『江戸名所図会』(大木家文書)
斎藤月岑ら親子三代によって編纂その内容は実地調査に基づいており、地誌として優れているだけではなく、観光案内としても高い価値を持っている。挿絵は肥前唐津藩や尾張藩で御用絵師を務めた長谷川宗秀(雪旦)による。
「城下町の賑わい」に展示中
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『厳島名所図会』(大木家文書)
安芸国一宮の厳島神社(現広島県廿日市市)をはじめとする厳島の名所・旧跡や、厳島神社が所蔵する宝物を絵入りで紹介した名所案内。著者は広島藩士で国学者としても知られる岡田清。挿絵は広島藩の御用絵師を務めた山野峻峯斎。
「城下町の賑わい」に展示中
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千手観音菩薩像 木喰作
胸前で合掌し、腹前に宝鉢を抱いた、千手観音菩薩像。木喰が廻国満願を果たし、生誕地・丸畑(現南巨摩郡身延町)に帰郷した折建立した「四国堂」に安置されていた。
「道がつなぐ出会い」に展示中
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隷書七絶詩屏風
作者の今村了庵(1814〜1890)は幕末・明治の医師。山梨出身の尊王家、山県大弐の孫として知られる。本作は、甲州街道を多摩川から甲府に至る途中の六景を題材としたもの。大木家に逗留した際に制作されたと考えられており、他にも多くの作品が遺されている。
「江戸文化の往来」に展示中
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(左隻)

(右隻)
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