| ■ 開催中のおすすめ資料【歴史のなかの生きものたち】 |

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「甲斐之国鵜飼道場」摺物(甲州文庫)
江戸時代に遠妙寺で発行されていた摺物。上部には鵜飼伝説の概略と、日蓮聖人に供養された時に平時忠が詠んだと伝わる和歌が記され、下には日蓮聖人と日朗・日向上人が鵜飼の亡霊を供養する様子が描かれている。参詣客に配られたものと考えられるが、寺号はなく、右下に「甲斐之国鵜飼道場」とだけある。
「水に取り組む」に展示中
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『釈迦御一代図絵 二』(長谷川家文書)】
山田案山子による読本。挿絵は葛飾北斎。仏教の開祖釈迦の生涯を描く。展示箇所は「提婆太子大象を撃図」。
「城下町の賑わい」に展示中
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『博物新編訳解 巻之四』(坂名井家文書)
イギリス人合信ことベンジャミン・ホブソン(Benjamin Hobson、1816-73)の著作「博物新編」を日本語訳したもの。展示箇所では「ギラヘ」ことGiraffe、すなわちキリンが描かれている。
「城下町の賑わい」に展示中
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『絵本三国妖婦伝 下編四』(長谷川家文書)
高井蘭山作の読本。挿絵は葛飾(蹄斎)北馬。玉藻前退治のストーリーは、謡曲《殺生石》などで知られる那須野(栃木県)の殺生石伝説がもととなっている。
「城下町の賑わい」に展示中
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磬
両面式孔雀文磬。両面とも中央に八葉複弁蓮華文の撞座があり、その左右に孔雀が相対して配置される。造成は剛健にして精緻、極めて均整がとれた形態を示す。身延町下山にある本国寺所蔵。「和泉国」「蓮華寺」などの銘文があり、本国寺への伝来の経緯については不明。
「信仰の足跡」に展示中
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真之丸馬出両袖之図(頼生文庫)
城郭の施設のひとつである丸馬出を描いた図。丸馬出は城の出入口の外側に設けられた半円状の土塁で、武田氏の築城技術の象徴とされ、江戸時代の甲州流軍学でも盛んに研究された。『甲陽軍鑑末書』によると、丸馬出には行(基本)・真(応用・実践)2種の形態があったという。
「甲斐を駆ける武士たち」に展示中
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武田家朱印状(三井家資料)
武田氏が山之神村(中央市)の三井右近丞に対し、所持する田畑について、増分(申告分を超える土地や収穫高)があっても、三井氏が所有することを認めた朱印状。
「甲斐を駆ける武士たち」に展示中
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群鹿図屏風 竹邨三陽筆 (大木家資料)
山中に群れ遊ぶ鹿を、春夏(右隻)、秋冬(左隻)に描き分けた屏風。竹邨三陽は、現在の甲府市、横近習町出身の画家。医師である父、竹邨立巳の私塾で絵画を教え、その門下に三枝雲岱、中丸精十郎らがおり、山梨の近代絵画を牽引した画家の一人である。
「江戸文化の往来」に展示中
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(左隻)
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(右隻)
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動物関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。
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テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<歴史のなかの生きものたち>です。
展示期間 令和8年8月26日(水曜)から10月31日(土曜)まで
展示場所 常設展示室「水に取り組む」、「城下町の賑わい」、「甲斐を駆ける武士たち」ほか
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| ■ 終了したおすすめ資料【世界遺産 富士山】 |
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富士山麓絵図(甲州文庫)
土地利用のために作成したとみられる富士山北麓地域の絵図。富士山は山頂火口部から山麓までを詳しく描き、登山道や伝承にもとづく古道も記されている。山麓では、丸尾(溶岩流)が目立った形で描かれている。
「水に取り組む」に展示中
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富士川大合戦図(甲州文庫)
戦国時代に駿河今川氏と相模北条氏が富士川を挟んで戦った際に、今川方の益下(松下)氏に属していたある若武者の活躍を描いた図。その若武者とは後の羽柴秀吉のことで、秀吉の伝記『太閤記』の記述をもとに描いたとみられる。(展示期間 6月24日〜7月27日)
「甲斐を駆ける武士たち」に展示中
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武田信玄出陣之図(甲州文庫)
富士山に向かい、武田軍が進軍している様子を描いた錦絵。筆者の歌川芳虎は歌川国芳の弟子で武田信玄を扱った錦絵を多く残した。(展示期間 7月29日〜8月24日まで)
「甲斐を駆ける武士たち」に展示中
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勝山記
戦国時代の富士北麓地域の生活、経済、合戦、信仰、自然災害などの様子を記した「勝山記」の写本のうち、最も古い形態をとどめたものと推定される写本。
「戦国からのメッセージ」に展示中
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『富士浅間三国一夜物語』上之巻・下之巻(甲州文庫)
曲亭(滝沢)馬琴(1767-1848)による読本。挿絵は尾形月耕。楽人富士と浅間の確執を描いた謡曲『富士太鼓』などを翻案・脚色したもの。
「城下町の賑わい」に展示中
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月百姿 武田信玄(月岡芳年筆)
作者の芳年は幕末から明治にかけて人気を博した浮世絵師。「月百姿」は、芳年が晩年に手掛けた100枚からなる揃物で、月にちなんだ和漢の物語等が題材となっている。本作には、三保の松原から富士山を臨む武田信玄の姿があらわされている。
「江戸文化の往来」に展示中
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富士裾野めぐり付富士川下り甲州御岳
富士五湖など富士山麓をめぐるコースマップ。名所をめぐるための交通案内に重点が置かれており、富士身延鉄道(身延線)の身延・甲府間は未成で富士川水運の利用も想定されるなど、当時の交通状況を見るうえでも興味深い。
「変貌する景観」に展示中
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甲山峡水
山梨県の名所を紹介する観光ガイドブック。中央線甲府開業を機に企画され、明治39年(1906)に開催された一府九県連合共進会の際に刊行された。富士山、屏風岩、猿橋、昇仙峡、御幸祭などが挿絵で紹介されている。
「変貌する景観」に展示中
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旅関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。
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テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<世界遺産 富士山>です。
展示期間 令和8年6月24日(水曜)から8月24日(月曜)まで
展示場所 常設展示室
「甲斐を駆ける武士たち」、「城下町の賑わい」、「江戸文化の往来」ほか
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| ■ 終了したおすすめ資料 |
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甲州道中細見記
現在、山梨県立博物館がある石和に関しては次の宿場である甲府までの距離が1里19丁(約6.0q)だったことや、笛吹川の渡り方について11月から4月までは橋で、夏は舟で渡っていたことが記載されている。
「水に取り組む」に展示中
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古府中絵図
江戸時代における古府中村を中心に描いたものだが、村の現況を描いたものではなく、武田氏時代の城下町を復元的に描くことを試みたものである。跋文によれば、安政5年(1858)に近隣の古老らが集まって武田氏家臣の名を冠した地名をもとに、家臣の屋敷地等を示したものであるという。
「甲斐を駆ける武士たち」に展示中
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北条氏忠過所(渋江家文書)
戦国大名北条氏の一門である北条氏忠が、河口御師浄坊(上坊)の武蔵国への旦那廻りにあたり、安下通(現在の陣馬街道)の関所の通行を認めた文書。武田氏滅亡と織田信長死去の後、北条氏が甲斐国への進出を始めた際に、氏忠は一軍を率いて都留郡に入っていた。
「戦国からのメッセージ」に展示中
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『江戸名所図会』(大木家文書)
斎藤月岑ら親子三代によって編纂その内容は実地調査に基づいており、地誌として優れているだけではなく、観光案内としても高い価値を持っている。挿絵は肥前唐津藩や尾張藩で御用絵師を務めた長谷川宗秀(雪旦)による。
「城下町の賑わい」に展示中
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『厳島名所図会』(大木家文書)
安芸国一宮の厳島神社(現広島県廿日市市)をはじめとする厳島の名所・旧跡や、厳島神社が所蔵する宝物を絵入りで紹介した名所案内。著者は広島藩士で国学者としても知られる岡田清。挿絵は広島藩の御用絵師を務めた山野峻峯斎。
「城下町の賑わい」に展示中
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千手観音菩薩像 木喰作
胸前で合掌し、腹前に宝鉢を抱いた、千手観音菩薩像。木喰が廻国満願を果たし、生誕地・丸畑(現南巨摩郡身延町)に帰郷した折建立した「四国堂」に安置されていた。
「道がつなぐ出会い」に展示中
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隷書七絶詩屏風
作者の今村了庵(1814〜1890)は幕末・明治の医師。山梨出身の尊王家、山県大弐の孫として知られる。本作は、甲州街道を多摩川から甲府に至る途中の六景を題材としたもの。大木家に逗留した際に制作されたと考えられており、他にも多くの作品が遺されている。
「江戸文化の往来」に展示中
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旅関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。
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テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<資料でめぐる山梨の旅>です。
展示期間 令和8年4月22日(水曜)から6月22日(月曜)まで
展示場所 常設展示室
「甲斐を駆ける武士たち」、「城下町の賑わい」、「江戸文化の往来」ほか
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| ■ 終了したおすすめ資料【山梨の春は、桃と桜と信玄公】 |

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武田二十四将画像
武田信玄と、その一族家臣24人を1枚の画面に描いた図。その顔ぶれは、江戸時代以来の伝統的な24将図とは異なるところもあり、現在の信玄公祭り甲州軍団出陣の24将に近い。近代に入り、信玄や二十四将が再構成されて作られたものであろう。
「城下町の賑わい」に展示中
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木馬
武田信玄の母大井夫人の菩提寺である長禅寺(甲府市)に伝来する馬をかたどった玩具。
「甲斐をかける武士たち」に展示中
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武田晴信書状(5月16日付、千村右衛門尉・山村三郎次郎あて)
武田晴信(信玄)が信濃国の国衆木曾義康の家臣と考えられる千村右衛門尉・山村三郎次郎にあてて、使者の処遇への配慮を依頼した書状。武田氏が木曾氏との関係を持ち始めた最初期の文書と考えられる。
「甲斐をかける武士たち」に展示中
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観音菩薩立像
武田信玄の正室、三条夫人ゆかりの像と伝える。頭部のみ当初で体は後世の作と思われる。髪を高く結い上げ、玉眼を嵌入する、寄木造の像。
「信仰の足跡」に展示中
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雛図
源季俊による、立雛を描いた掛軸。女児の健やかな成長を祈念して飾られた。鮮やかな赤と金を使い、冬でも緑色のまま不変で縁起のよい常盤の松をあしらった衣装は、桃の節句をおめでたく華やかに演出している。
「江戸文化の往来」に展示中
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桃鳩図
桃の枝に羽をやすめる一羽の鳩を描く。その画風から狩野派の絵師の作と考えられる。鳩が枝にとまる構図は、花鳥画の古い伝統に連なるものである。
「江戸文化の往来」に展示中
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甲山峡水
山梨県の名所を紹介する観光ガイドブック。中央線甲府開業を機に企画され、明治39年(1906)に開催された一府九県連合共進会の際に刊行された。富士山、屏風岩、猿橋、昇仙峡、御幸祭などが挿絵で紹介されている。
「変貌する景観」に展示中
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桃と桜と信玄公関連資料は、下記の表示を目印に探してみてください。
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テーマ
今回の学芸員のおすすめ資料は、<山梨の春は、桃と桜と信玄公>です。
展示期間 令和8年2月18日(水曜)から4月20日(月曜)まで
展示場所 常設展示室「甲斐をかける武士たち」、「江戸文化の往来」、「信仰の足跡」ほか
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