18 自然と人との共生―明治40年の大水害―
明治40年の大水害を中心に、山梨を襲った水害を紹介し、その惨状や人々の自然の猛威への対処を通じて、自然災害と近代山梨の関わりを学び、そして自然と人との共生のあり方について考えます。
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展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
山梨県水害史(甲州文庫)
大正2年
(1913)
山梨県立博物館
明治40年以前および明治40年の大水害の被害状況等をまとめた資料。
山梨県山林救治意見(甲州文庫)
明治35年
(1902)
山梨県立博物館
荒廃が進行しつつあった山梨県の山林についての調査報告書。森林の成長量よりも、木材としての伐採量の方が多い状況から、この状況を放置すれば県民が災害に直面することは火を見るよりも明らかだとしている。
山梨県水害団体移住写真
明治時代
北海道大学附属図書館北方資料室
明治40年の大水害の被災者が北海道へ団体移住した際の写真。移住者は全県で660戸3130人にもおよび、「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山の西と南の麓に移住した。
北海道移住民資料(若尾資料)
大正8年
(1919)
山梨県立博物館
明治40年の大水害の罹災者のうち、明治44年に北海道に移住した山梨県民のリストと移住時の状況に関する資料。
北海道移住者調(若尾資料)
明治〜大正時代
山梨県立博物館
明治40年の大水害の罹災者のうち、明治41、42年に北海道に移住した山梨県民のリストと移住時の状況に関する資料。
水害時に使用した舟
昭和
山梨県立博物館
水害頻発地帯で使用された水害時用の舟。
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