逸平の言葉



「乗り物」と「明かり」には将来性がある


【原文】
「金儲けは、発明か、株に限る。発明は学問がなければ、容易なことではない。株は運と気合だ。若し、株を買ふなら、将来性のあるものでなければ望がない。それは、『乗りもの』と『あかり』だ。この先、世がドウ変化しやうとも、『乗りもの』と『あかり』だけは必らず盛にこそなれ、衰へる心配はない。」

【出典】
『根津翁伝』

【解説】

逸平の死後、甲州財閥の中心的人物となる根津嘉一郎(現在の山梨市出身)ですが、年齢差が40歳もあるこのふたりのエピソードが、根津の伝記『根津翁伝』に記されています。逸平は根津に対して投資の心得として、この言葉のように鉄道と電力事業の将来性が有望であることを説いており、この言葉は近代を通じた甲州財閥の投資行動を象徴するものとなっています。


山中なればこそ鉄道の機関にて時間と距離の便宜を図る必要あるなれ


【原文】
「山中なればこそ鉄道の機関にて時間と距離の便宜を図る必要あるなれと信じ、四面楚歌の裡に百方味方を造り、辛く許可を得て今日の中央線布設となりしなり」

【出典】
『官吏・会社員・商店員 実験立身策』1909

【解説】

逸平が中央線の必要性について語った際の言葉。山梨県が山の中にあるからこそ、鉄道で交通の利便性を向上させる必要があると考えたから、万難を排して中央線を作ったとする、若尾の中央線や交通についての考えかたが読み取れる内容となっている。


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